「長新太 ナンセンスの地平線からやってきた」(土井章史)

 編者の土井章史トムズボックスの主宰者です。長新太の業績を概観する資料としてはこれと「ありがとう! チョーさん 長新太展ナノヨ」の図録あたりが現時点ではベストのようです。土井章史長新太の本の蒐集家でもあるので、他では見られないような貴重な資料も掲載されているものと思われます。
 長新太の創作姿勢を知る上で興味深かったのは、出典不明の「絵本のつくり方」です。絵本の材料として以下の9点が挙げられています。

青空たっぷり
渡り鳥、少々
そよ風、ひと吹き
地平線一本
麦畑、たっぷり
少年、一人
湖、一ヶ
魚(マス)一匹
ゾウアザラシ(オス)一頭

 地平線は欠かせませんね。土井章史も68ページのコラムで「世界を安定させる」と、地平線の重要性を分析しています。もちろんゾウアザラシも忘れてはいけません。ゾウアザラシは「文句あっか」とつめよるそうです。
 長新太夫人の鈴木フミさんのインタビューもおもしろかったです。貧乏時代の苦労話や、画材を奥さんに買いに行かせていたというにわかには信じがたいエピソード。ややステレオタイプですが、生活者としては失格な天才芸術家という人物像が見えてきます。
 長新太の人物像を知るには、土井章史が「はじめに」で紹介している講演会での発言も見逃せません。

ある講演会で長さんが会場の質問におもしろい答え方をした。「生まれ変わったら何になりたいですか?」。答えて長さんは、「そうねぇ……ぼくはイカやタコが好きだから、イカやタコになりたいですね」。会場はドッと笑って、その瞬間、長さんうまい冗談とばすなぁ、と感心したのだが、いま気がついた。あれは、ぼくの息子が三歳か四歳の時、「大きくなったら消防自動車になる」と全身全霊をかけて言っていたのと同じではないか、と。それも、七十を過ぎた長さんが言ったのですよ。あれは冗談ではなく、本当にイカやタコになりたかったのだなぁ……。ぼくはこういう長さんに恋をしていたのかと、やっと今ごろ気づいてしまったわけです。

 並の人間にできる発言ではありません。これは長新太が紛れもない天才であったことを証明するエピソードです。