「ハピ☆スタ編集部 なんであたしが編集長!?」(梨屋アリエ)

なんであたしが編集長!?―ハピ☆スタ編集部 (フォア文庫)

なんであたしが編集長!?―ハピ☆スタ編集部 (フォア文庫)

 梨屋アリエフォア文庫での新シリーズです。主人公は有名モデルの巴里花(パリカ)を姉に持つ小学五年生の少女未来乃(ミラノ)。未来乃は姉の陰謀で小中生向けファッション誌「ハピ☆スタ」の子ども編集部に入れられてしまい、ぼけーっとしているうちに編集長にされてしまいます。
 身内のコネみたいなもので苦労もせずに華々しい世界に入った未来乃はうらやましい立場に見えるかもしれません。ところが彼女にとってこの事態は災難でしかありませんでした。なぜなら彼女は筋金入りのダメ人間だったからです。
 彼女の趣味はひなたでゴロゴロすることで、将来の夢はおばあちゃんになること。小学五年生にして早くも人生を降りることしか考えていません。彼女のような変化を好まない人間にとっては、とんとん拍子にうまくいってしまうことこそが恐怖なのです。
 未来乃はあまりのやる気のなさに、あとがきで作中人物の本域津芽に糾弾されてしまう始末です。

「まず、主人公の未来乃さんのキャラクターが、主役に適しておりません。やる気なしのあまったれ。しかも、大人にひいきされているではないですか。ひいきというものは、基本的に子どもの世界では悪役がされるものです。そのうえ、未来乃さんは物語の中で、ほとんど成長しておりません。あまったれた生き方に気づき、反省する場面が、一度でもありましたか。こえなくてはならない試練を、智恵や勇気や努力で乗りきりましたか?バラバラな仲間の心をまとめ、力をあわせて課題にとりくんでいくことも、ライバルとの切磋琢磨もない。ただひたすらのんべんだらりとすごすうちに、なんであたしが編集長〜ですって?そんなバカな物語が許されるのですか!」(p181)

 ありきたりの成長物語を期待するのであれば、確かにこの作品は「バカな物語」に見えてしまうでしょう。ですが、一巻を見る限りではそれは見当違いの期待のようです。この物語はダメ人間が状況に流されてひどい目に遭うさまをギャグとして描いているだけなのですから。
 ただしダメ人間だからといって未来乃を侮ってはいけません。彼女はファッション誌の編集部で働いているにもかかわらず、一巻にしてブランドものを全否定してしまいます。

「あたしは華香ちゃんのように、だれかがつくってくれたブランドの世界の登場人物になりたいと思ってないんだって。だから、このかわいくてかっこいい小物たち、どれもそれぞれすてきで、みんなほしくなると思うんですけど、あたしにはどれがいいって選べないと思うんです。華香ちゃんの話にあわせたら、これはだれかがつくった物語のかけら、ということになりますよね?だからこれを持ったら、バラバラのお話のよせあつめになっちゃうみたいで、あたしがあたしじゃないみたいな気がしちゃうんですぅ」(p135)

 彼女は自分の生き方にきちんと誇りを持っているのです。女性向けファッション誌やブランドものが提供する物語(赤坂真理が「モテたい理由」で分析していたようなやつ)も、本域津芽が期待する成長物語も、未来乃ののんべんだらりとした生き方も、単なる物語にすぎないという点では等価です。違いがあるとすれば、たまたま今の日本は資本主義で動いているので、未来乃のような非生産的な生き方は前のふたつに比べて否定されやすいというだけのことです。ぜひ彼女にはシリーズの最後までこの生き方を貫いてもらいたいと思います。
 ところで、この本のタイトルに関して多くの人が抱いたであろう疑問については、著者サイトの日記で説明されていました。梨屋アリエはチョココロネは頭から食べる派だそうです。ついでにフォア文庫の新しいマークについてものすごい毒を吐いていました。これだから梨屋アリエのファンはやめられません。