「氷石」(久保田香里)

氷石 (くもんの児童文学)

氷石 (くもんの児童文学)

 第3回ジュニア冒険小説大賞でデビューした久保田香里の第2作。天平9年(737年)の平城京を舞台とした疫病流行記です。なかなか読みごたえのある本でした。
 主人公は下級役人の息子千広。父親は遣唐使船に乗って出かけたまま帰ってこず、母親は天然痘で死んでしまったため、千広は川原で拾った石を疫病に効く護符と称して売りさばいて生計を立てていました。ひとりですさんだ生活を送っていた千広ですが、貴族の屋敷で下働きをしている少女宿奈や、光明皇后の施薬院で働く法師伊真との出会いを通して自分の生きる道を見つけ出します。
 前半は疫病で不条理に人が死にまくり、人心がどんどんすさんでいくさまが容赦なく描かれています。衝撃的だったのは、宿奈が屋敷の命令で疫病に効くという噂の井戸の水をくみに行く場面でした。身投げしたのか捨てられたのか、井戸の底には天然痘の女の死体がありました。しかし宿奈はかまわず水を汲んで持ち帰り、屋敷の人間に飲ませようとします。
 前半の厳しさに対し、千広が施薬院に入ってからの後半の展開はやや甘いように感じられてしまいました。ですが、極限状況の中でニヒリズムに陥ることなく希望を見つけていこうとする姿勢はすばらしいと思います。