「十三月城へ エゼル記」(小森香折)

十三月城へ エゼル記

十三月城へ エゼル記

 読後しばらくはため息をつくことしかできませんでした。ひとしきり満腹感に浸ったのち、自分はずっとこんなファンタジーを待ち望んでいたのだということに気づきました。これは完璧なファンタジーです。
 ストーリーは至ってシンプルです。舞台は十三月城という所在を知る人のいない城に隠れ住む暴君太陽王が強大な魔力で支配する世界。太陽王と戦うことを宿命づけられた少年エゼルが、太陽王を倒す方法と十三月城を探索しながら諸国を遍歴する物語です。
 しかしシンプルななかに必要な素材はすべて揃えられています。剣と魔法、怪物、奇妙な建造物、森、迷宮、そして光と闇ならぬ太陽の光と月の光の戦い。しかもこれらの素材はすべて最高級品で、濃密な読書体験を保証してくれます。
 作品に解説を加えるとするなら、ミヒャエル・エンデのこの文章を引用するのがもっとも適切でしょう。作品の核心部分に触れているので未読の方は見ないようにお願いします。




迷宮はミノタウロスの身体だ。怪物をさがして、テセウスが部屋から部屋へと歩くとき、テセウスはだんだんとミノタウロスへと変身してゆく。ミノタウロステセウスを、「わがものにした」。だからこそ、テセウスは最後にミノタウロスを殺すことができないのだ。自分自身を殺すというのなら別だが。
人はだれも自分が探すものに変身するのだ。
(「エンデのメモ箱」(岩波書店刊)p51「クエスト」より引用)

 深淵を覗き込むものは自分も深淵から覗かれているというお話でした。