「くるみの冒険1 魔法の城と黒い竜」(村山早紀)

くるみの冒険〈1〉魔法の城と黒い竜 (フォア文庫)

くるみの冒険〈1〉魔法の城と黒い竜 (フォア文庫)

村山早紀フォア文庫での新シリーズです。主人公は風早街に住む11歳の少女くるみ。魔女の血を引く彼女は、風早街とトランクの中にある妖精の国を守るため恐ろしい竜と戦う運命を背負わされることになります。村山早紀の実力と実績を考えれば、このシリーズがナビ・ルナが去った後のフォア文庫の支柱になることには疑いの余地がありません。さらに村山早紀のライフワークである風早街サーガの集大成になることも期待されますから、村山早紀を語る上で見逃せないシリーズになることも間違いありません。
今回は村山早紀の思想面に注目したいと思います。つくづく村山早紀がすごいと思うのは、彼女が超自然的なものに対する信頼と人間の文明(特に科学技術面)に対する信頼を両立させていることです。「シェーラひめのぼうけん」シリーズにおいては、魔神のライラが人間を溺愛する超自然的な存在として描かれていました。そして「新シェーラ」の終盤が神秘思想の方向に流れていったことも記憶に新しいはずです。
しかし一方で、「シェーラひめ」シリーズでどの職業が魅力的に描かれていたかも思い出す必要があります。かのシリーズでもっとも輝いていた職業は、近代科学者の祖たる錬金術師だったはずです。さらに2006年の「コンビニたそがれ堂」では、現代文明の象徴であるコンビニエンスストアアニミズムを融合させるという離れ業をやってのけました。一見対立しているように見える二者に深い愛情を向けられるところに村山早紀の懐の大きさが表れています。
では、こういった思想が新シリーズでどう発現されているか見ていきましょう。とりあえず一巻の時点では、竜が当面の敵として設定されています。しかしその竜の出自がユニークなのです。
そもそも竜は、精霊から派生した存在とされています。精霊は昔から人間を愛する存在でした。しかし人間は文明を発展させ、精霊の祝福や祈りを必要としなくなります。精霊は人間を愛するが故に、人間に必要とされなくなったことに傷つき、命を落としていくことになります。でもそれでもなお精霊は人間を愛することをやめませんでした。ただし精霊の心は傷つき、その傷が心の闇を生み、心の闇を持った精霊の悲しみの感情が恐ろしい竜を生み出すことになったのだという設定になっています。
ここまで迂遠な手続きを踏まなければ、村山早紀には人間に敵対する超自然的な存在を設定することができませんでした。村山早紀の超自然的な存在と人間に対する信頼は、ますます高度なものになっています。この思想がどう発展していくのか、今後のシリーズの展開に注目していく必要があります。