児童文学は性の越境をどう描いてきたか その3 「女装者」はどう描かれてきたか?

児童文学は性の越境をどう描いてきたか その1 入れ替わり・性転換
児童文学は性の越境をどう描いてきたか その2 芸能と「女装」

3 「女装者」はどう描かれてきたか?

最後に、自発性を持ってある程度恒常的に「女装」している人間がどう描かれてきたのかを検証します。

ぼくのお姉さん (偕成社の創作)

ぼくのお姉さん (偕成社の創作)

1986年刊の短編集『ぼくのお姉さん』*1の一編、『首かざり』という作品に、アクセサリーなどをよく購入するので「女装者」ではないかと疑われる少年が登場します。実はこの少年は近所に住む脳性マヒの少女に買い与えていて、「女装」は誤解であったという落ちになります。この作品では「女装」を疑われるのは不名誉なことであり、その誤解はただされなければならないという認識で描かれているので、「異性装者」に対する蔑視は自明の前提になっています。
著者の丘修三は障害者が登場する話を多数書いており、弱者と共に歩もうとする作家として高い評価を得ています。その丘ですら80年代の段階では「異性装」に対してはこの程度の認識でした。これが時代の限界であったと理解すべきでしょう。
立花マサミは男か女か? (くもんのユーモア文学館)

立花マサミは男か女か? (くもんのユーモア文学館)

1987年の『立花マサミは男か女か』*2は、塾へ通うときだけメガネをかけて「女装」する少年マサミの物語です。誰かに強制されて「女装」するのではなく、主人公の少年が自らの意思で「女装」する希少な作品です。マサミは病気の父親が酒におぼれる様子を見て、自分の「女装」は「おとうさんがその場のがれにお酒をのむのとおなじことなんだ」と思い、最終的には「女装」を止めることになります。この作品では「女装」は一種の現実逃避であると捉えられており、いずれ克服すべきものとされています。
両手のなかの海

両手のなかの海

超・ハーモニー

超・ハーモニー

『両手のなかの海』*3『超・ハーモニー』*4が登場した1997年になってようやく児童文学は、「異性装」を異常なことや一時的なこととしてではなく、現実の問題として意識するようになりました。この2作は設定が非常に似ていて、両方とも失踪していた肉親が女装した姿で帰ってくるところから物語が始まります。ただし「異性装」をするのは主人公の家族で、どう受け入れるかという問題に主眼が置かれており、まだ当事者として問題を引き受けるまでには至っていません。
ぼくはアイドル? (わくわく読み物コレクション)

ぼくはアイドル? (わくわく読み物コレクション)

トライフル・トライアングル

トライフル・トライアングル

ゼロ年代では『ぼくはアイドル?』*5『トライフル・トライアングル』*6の2作が作中で「性同一性障害」という言葉を使って、性的マイノリティについて詳細な解説をしています。しかし『両手のなかの海』『超・ハーモニー』と同様、性的マイノリティの問題については当事者性はありません。2作ともジェンダー規範から外れている子供が主人公になっており、性同一性障害の大人と交流することによって自らの問題を直視するという構成になっています。
カエルの歌姫

カエルの歌姫

ジェンダー面ではなく身体面で自分の性に違和感を抱いている子供が主人公となる作品は、確認できた限りでは2011年の『カエルの歌姫』*7が初めてです。
『カエルの歌姫』の主人公花咲圭吾は、カラオケで女性の声で歌うことをひそかな趣味にしており、その模様を匿名で動画サイトに投稿していました。圭吾は「指の形もごつごつしていて、薄い毛が指の背に生え始め、たいして日焼けもしていないのに浅黒」い自分の身体に嫌悪感を抱き、「女の子になりたい」という欲求を明確に表明しています。ただし、性指向は女性に向いています。
圭吾は性同一性障害、もしくはそれに類する状態にあるのか、それとも思春期の一時的な混乱に陥っているだけなのか。それを作中の情報から判断するのは困難です。しかし、圭吾がマイノリティの側にいることは確実です。

おわりに

以上、主に「女装」を中心として、性の越境をテーマとする現代日本児童文学を振り返りました。ジェンダーの問題に関しては、多数の作品が蓄積され、成果も上がっているようです。しかし、身体面の性の越境に踏み込んだ作品はまだ少数です。主人公の子供を性的マイノリティ当事者にしている例はほとんど見られません。この方面に関して児童文学はまだタブー意識を持っている、もしくは無関心であると結論づけざるを得ません。
児童文学の読者には当然、性的マイノリティの子供もいます。そういった子供の助けとなれるような、多様性を持った作品がたくさん生まれることが望まれます。
最後になりましたが、テーマに関わる作品の情報やアドバイスをくださった犬亦保明さん(@yasumisu)、くぼひできさん(@qvo_monogym)、黒石さん、佐々木江利子さん(@ERIGO30)、ちほさん(@chiho17)、梨屋アリエさん(@ariyanashie)、ホーリーさん(@holyhorizon) に感謝を申し上げます。また、せっかく情報をいただいておきながら、わたしの力不足で取り上げきれなかった作品があることをお詫びいたします。

*1:丘修三『ぼくのお姉さん』偕成社、1986

*2:江川圀彦『立花マサミは男か女か』くもん出版、1987

*3:西田俊也『両手のなかの海』福武書店、1997

*4:魚住直子『超・ハーモニー』講談社、1997

*5:風野潮『ぼくはアイドル?』岩崎書店、2006

*6:岡田依世子『トライフル・トライアングル』新日本出版社、2008

*7:如月かずさ『カエルの歌姫』講談社、2011