2012年の児童文学

空を泳ぐ夢をみた (NHKネットコミュニケーション小説)

空を泳ぐ夢をみた (NHKネットコミュニケーション小説)

もはやインターネットの世界は新奇なものではなく、子供たちの日常の中に当たり前のように存在するようになっています。そんな現代をとらえた作品が梨屋アリエの『空を泳ぐ夢をみた』です。ネットをうまく使えばいろいろな可能性が開かれていくというポジティブな面が強調されています。
拝啓、あなたはボーカロイドを知っていますか?

拝啓、あなたはボーカロイドを知っていますか?

ジャンルYAではありませんが、そんな時代の青少年のあり方をうまくすくい上げた作品として北條俊正の『拝啓、あなたはボーカロイドを知っていますか?』を紹介します。体育祭で自作のボカロ曲を使ってもらうことを目標に高校生活を送る少女の物語です。これを読むと、ボカロやネットが今の子供たちの日常感覚にどのように溶け込んでいるのかがよくわかります。「あなたはボーカロイドを知っていますか」という問いは、そのまま「あなたは今の若者の青春を知っていますか」という問いと重なると言っても過言ではありません。YAや児童文学の世界でも今後このような作品は増えていくものと思われます。
あしたもきっとチョウ日和

あしたもきっとチョウ日和

ネットを介さなくても、人と人とのコミュニケーションは難しいものです。高田桂子の『あしたもきっとチョウ日和』には、脳内に〈変換ロボット〉なるものを搭載した少女が登場します。この〈変換ロボット〉には他人の思考を憑依させる役割があるようです。人と人とのつながりについてSF的な領域にまで拡張された考察がなされています。梨屋アリエの作品をもう1作。『きみスキ』は7人の高校生が交互に語り手を務める形式の連作掌編集です。この作品の特徴は物語性が排除されているところにあります。現実のどうにもならなさを掘り下げた作品は、そんな現実を生きている読者にとってかえって救いになることでしょう。
カンナ道のむこうへ (Green Books)

カンナ道のむこうへ (Green Books)

『きみスキ』と同様物語性が意図的に排除された作品として、第10回長編児童文学新人賞受賞作の『カンナ道のむこうへ』が挙げられます。小学6年生の少女が〈夢〉というテーマについて思索を深めていく話ですが、物語としての盛り上がりはなく、すっきりとした解答もみせてくれません。しかし、日常性を精緻に描写して答えのない問いに真摯に向き合ったところに、この作品の魅力はあります。『きみスキ』や『カンナ道のむこうへ』のような作品は読者を選びますが、選ばれた読者にとっては忘れられない作品になるはずです。
お父さん、牛になる (福音館創作童話シリーズ)

お父さん、牛になる (福音館創作童話シリーズ)

夜明けの落語 (文学の扉)

夜明けの落語 (文学の扉)

糸子の体重計 (単行本図書)

糸子の体重計 (単行本図書)

おねえちゃんって、もうたいへん! (おはなしトントン)

おねえちゃんって、もうたいへん! (おはなしトントン)

『カンナ道のむこうへ』のくぼひできのほかにも、2012年は力のある新人が目立ちました。晴居彗星は、タイトルそのまま、お父さんが牛になってしまうという不条理を絶妙なユーモアとペーソスでまとめあげました。みうらかれんの『夜明けの落語』は、落語を通して内気な少女が一歩踏み出す話。内気な少女の心情に合わせて駆動するストーリー運びが見事でした。いとうみくは、連作短編の手法を巧みに使って今を生きる小学生の姿を活写した『糸子の体重計』、妹を〈かいじゅう〉として描く視点が楽しい幼年童話『おねえちゃんって、もうたいへん!』を発表しています。それぞれ今後の活躍が期待されます。
世界の果ての魔女学校

世界の果ての魔女学校

最後に忘れてはならないのは、『世界の果ての魔女学校』の野間児童文芸賞受賞、『黒魔女さんが通る!!』のアニメ化で、ようやく石崎洋司が正当な評価を受けるようになったということです。石崎洋司は2012年だけをみても、小説だけではなくアンソロジーの編集や翻訳、昔話や古典作品のリライトなど多彩な活動を行っており、児童文学界への貢献度は生半可なものではありません。