『シンデレラウミウシの彼女』(如月かずさ)

シンデレラウミウシの彼女 (YA! ENTERTAINMENT)

シンデレラウミウシの彼女 (YA! ENTERTAINMENT)

ガクとマキは、兄弟のように仲良く育ち、中学では同じ男子バスケ部に所属しています。ガクはいつしかマキを意識するようになり、人間もウミウシのように雌雄同体だったら「めんどくさくなくていい」と思うようになります。そんなとき、マキが突然女の体に性転換してしまいます。ガクとマキ以外の周囲の人々は、マキは元々女だったと認識しており、マキの部活も女子テニス部に変わっていました。はたしてなにが起きたのか、マキの中で男としての記憶が薄れていくなか、ガクはマキを元に戻す方法を求めて奔走します。
マキが性転換してからは、ふたりはもう公認カップル扱い。「おかしい」と思っているのはガクとマキだけなので、障害はふたりの心の中にしかありません。なので、同性愛ということを意識する必要はほとんどなくなっています。
山中恒の『おれがあいつであいつがおれで』や後藤みわこの『ぼくのプリンときみのチョコ』のような性転換を扱った児童書では、設定から当然、性的な側面が強調される傾向がありました。しかし『シンデレラウミウシの彼女』にはそのような要素がまったくありません。ガクはマキが性転換したとき、髪が長くなった胸がふくらんでいるという外見上の変化を確認しますが、見たいとも触りたいとも思いません。最初から最後まで性的な身体としてマキを意識することはありません。では、ガクにとって恋愛とは何かというと、ずっと一緒にいたいということだけ。
ということで、驚くほど健全でベタ甘な恋愛小説になっています。センセーショナルな設定のわりに、著者の教育的意図や啓蒙的意図は全然見えません。純粋に上質な恋愛小説として楽しめるようになっています。
無理矢理この作品からテーマ性を見出すとすれば、ガクの性欲の薄さから、異性愛でも同性愛でもない、性愛抜きの友愛を指向しているととることができそうです。
また、如月かずさ作品の多くに登場する男の娘を、トランスセクシュアルとしてではなく、確信犯的な成熟拒否と捉えることもできるかもしれません。