『にいちゃん根性』(佐野美津男)

表紙画像はこちらで確認してください。
1968年太平出版社刊。佐野美津男中村宏コンビの作品ですが、不条理系ではなくリアリズムよりの家出ものです。
中学生の泰明は、なぜか北海道の牧場や原生林に強い憧れを持ち、家出を決意します。家出をするためにはなぜかギターが必要らしく、序盤は弟を騙して金を巻き上げようとしたりパチンコ屋に入り込んで金を儲けようとしたり、ギターを手に入れるための資金調達にいそしみます。しかし近所の青年に頼むとギターを貸してもらえることになり、苦労のわりにあっさり入手してしまいます。その後しばらくうだうだしていますが、近所の女の子あき子に立ちションの現場をみられてしまい、これはもう死ぬしかないと思い込んで家出を決行します。
北海道は悩める若者を引き寄せる魔境のように描かれています。中村宏の描く荒野は日本の風景にはみえませんから、実際これは実在の日本でも北海道でもないのでしょう。
列車の中で泰明に佐山余津男なる人物に出会わせるといういたずらも仕込まれています。著者を思わせるこの男はその後、あき子を扇動して泰明の後を追わせ、物語の方向を『雪の女王』に舵取りします。
このあき子という少女にも謎が多いのです。物語の序盤に、「あなたのことを、おにいさまのように尊敬している者」と名乗る人物から家出を引き留める内容の怪文書が泰明の元に届きます。この怪文書の差出人が年下の少女であると信じるなら、容疑者はあき子しかいないのですが、怪文書については忘れ去られたまま物語は終わります。
あき子ははじめ「泰明の一級下の中学生(p51)」として登場します。しかし途中で「クラスメート(p103)」にランクアップします。これはもちろん単純ミスではなく、物語の中であき子の立場が変わったということを意味しているのでしょう。
作中には登場しない一つ目女学生を描いてみたり、顔に植物が埋め込まれているグロ絵を描いてみたりと、中村宏もやりたい放題。リンク先で紹介されているイラストは、回想を表す吹き出しの中にあるふたつの日の丸が眼球のようで、兵隊たちが怪物に食われているように見えます。表紙の下半分を埋め尽くす植物や上空の赤い雲もまがまがしくてすばらしいです。
佐野美津男中村宏も暴走していて、わけのわからない熱のこもった作品になっていました。