『ウェストール短編集 遠い日の呼び声』(ロバート・ウェストール)

遠い日の呼び声: ウェストール短編集 (WESTALL COLLECTION)

遠い日の呼び声: ウェストール短編集 (WESTALL COLLECTION)

ウェストール短編集の第2弾。翻訳は野沢佳織です。
怪奇趣味の作品では、タイトルをみるだけで期待感がふくらんでくる「家に棲むもの(The Creatures in the House)」「赤い館の時計(The Red House Clook)」が秀逸。「赤い館の時計」は、これもウェストールによくみられる父と息子の確執テーマでもあり、「アドルフ」や「パイ工場の合戦」も同テーマとなっています。ほかには、猫と戦争が出てくる作品も多数収録されており、これぞウェストールといった感じの作品ばかりになっています。
この本の中でもっとも印象に残ったのは、はじめに収録されている「アドルフ」という作品です。近所に住んでいる絵を描くことが好きなアドルフという老人の買い物の手伝いをすることになった少年ビリーの話。現実的な話しかせず「世の中を動かす」ことに興味を持たない両親に違和感を持っていたビリーは、政治的な話を好むアドルフへの関心を深めていきます。

きみがそんなふうに愛国的な考え方をするのは、親が金に困っていないからだ。だが、貧乏人の身になってみろ。国を愛し、国のために尽くそうと思えるか?国からなにもしてもらったことがなくても、そう思えるか?

しかし、知識を深めていくうちにビリーは、アドルフの正体がとあるドイツの有名人なのではないかという疑惑を持つようになります。その疑惑は周囲にも広がり、悲惨なカタストロフィを迎えることになります。
大人や常識への少年らしい懐疑が、戦勝国と敗戦国のあいだの考え方の転倒を補助線とすることで、論理的かつあざやかに描き出されています。真相が明らかになったラストのやりきれなさがもう。