『鳥海山の空の上から』(三輪裕子)

鳥海山の空の上から (Green Books)

鳥海山の空の上から (Green Books)

小5の夏休みにたまたま家族が誰も家にいない事態になったため、ひとりで秋田にある父方の祖父の姉のお波さんの家に預けられることになった少年翔太の物語。翔太には姉が3人もいて、ふだんは生き延びていることが奇跡なくらいいびられているのですが、このとき姉たちが仏心を出してそれぞれ餞別をくれます。この異常事態がいい具合に一人旅への不安感を高めてくれます。
では、この旅で何か特別な出来事があったかというと、特に何もありません。英語を話す風変わりなはとこのユリアとの出会いもありますが、特に恋愛に発展したりということもありません。秋田での滞在を延ばすというかたちで抑圧的な母に逆らうようになったという面で翔太に変化があったともとれますが、実はそのかわりユリアのいいなりになるようになっただけなので、成長物語と受け取るのも無理があります。この作品は、そのようなわかりやすい物語を楽しむような性質のものではないのです。
ならば、この作品のよさはどこにあるのか。それは、子どもの感覚から見れば忍者屋敷のような古くて広い家を探検して、仏壇や家族の写真を眺めて家族や先祖とのつながりを感じたり、自分とは異なる生活様式に思いをはせてみたりといった、細部に宿っています。地味ながらしみじみとよい余韻を残してくれる佳作でした。