『まだなにかある』(パトリック・ネス)

まだなにかある(上)

まだなにかある(上)

まだなにかある(下)

まだなにかある(下)

イギリスの人気作家パトリック・ネスの新しい邦訳が登場。すでに2度カーネギー賞を受賞しているパトリック・ネスですが、この作品も2015年の最終候補まで残りました。もはや英児童文学界での地位は盤石であるとみて間違いないでしょう。
物語は、少年が海で溺れている場面から始まります。寒さ、波の暴力が少年の命を奪っていくさまの描写がすさまじく、最初から物語の世界に引き込まれてしまいます。
波によって岩にたたきつけられた少年は全身を無残に損傷して死亡。ところが彼は、かつて自分が住んでいたイギリスにそっくりなのに人の姿が全くない場所で目を覚まします。イギリスにはあまりいい思い出がないらしく、彼はそこを自分専用の地獄なのではないかと疑います。しかし、その詳しい事情はなかなか読者には明かされません。
彼がみる夢では、生前の記憶が回想されます。気の合う仲間と楽しく過ごしていた日々は、ある恋愛事件によって崩壊していきます。ここで語られるのは、ある意味非常に古風なラブストーリーです。上巻の終盤からは地獄(?)の物語も急加速し、世界の秘密にも迫っていきます。
主人公の置かれている状況の全容はなかなかみえず、ミステリアスな物語が展開されます。と紹介すると難解な作品だと誤解されてしまうかもしれませんが、実は至って端正なエンターテインメントになっています。構成を全然いじらなくても、そのままハリウッドで映画化できそうなくらいです。ただ、あまりにも物語として出来がよすぎるために、主人公がこの世界は「物語」なのではないかと疑うという仕掛けも施され、それが作品の核心に深く関わってきます。
問えば問うほど答えは後退していき、世界をめぐる謎、人間をめぐる謎の全貌をつかむことは困難です。それでも「まだなにかある」もの、「MORE THAN THIS(原題)」を求めていくことが文学であり人生であると。悲惨な現実を描きながらも、われわれが生きる世界の豊かさもしっかり見据えられた作品になっていました。