『波のそこにも』(末吉暁子)

波のそこにも

波のそこにも

「浪の下にも都の候ぞ」ということで、平家物語を元にした末吉暁子のファンタジーが登場しました。古典から着想を得た末吉暁子の歴史ファンタジーとしては、『血と潮の王』『水のしろたえ』とリンクする3作目となります。
水底の国に暮らす少女タマオは、上つ国から落ちてきた少年を拾います。激しいいくさのさなか、イルカの大群がものすごい勢いで船の下をくぐり抜けていく幻想的な光景を見たのち、宝剣を抱えて海に身を投げた少年、すなわち安徳天皇は、水底に落ちてきたときにはすでに宝剣を失ってしまいました。タマオは少年の宝剣を探すとともに水底の国の異変の謎を解くためにイルカの大群が向かった先にある龍王の宮へ旅立つ使命を与えられ、仲間とともに海底での冒険を繰り広げることになります。
旅立つとすぐに、少年と同様に上つ国から沈んできて鎖に絡まって身動きがとれなくなっていた平知盛を助けます。ここで、知盛の登場により作中に大人の論理が導入されます。知盛は、帝などいくらでも取り替え可能な存在であると知っており、いくらがんばって宝剣を探し出したとしても安徳天皇の地位を取り戻すのは不可能であると理解しています。しかしそれは自分の胸の内にしまい、少年を守ることを誓います。
この大人の論理が少年の子どもの論理でひっくり返されるのがおもしろいです。実は少年も、三種の神器自体にはなんの意味もないことを理解していました。でも、それをよりどころにすることで、もういちどやりなおせる、新しい国をつくれるという希望をみようとしていたのです。
とはいえ、水底の国は地上の人間にとって死後の世界であり、もう先はないのだということは否定できません。作品世界は美しい寂寥感に包まれています。