『岬のマヨイガ』(柏葉幸子)

岬のマヨイガ (文学の扉)

岬のマヨイガ (文学の扉)

マヨイガって、家が山の中で迷ってるんですか?」
ユイママが、まさかという口調です。
ひよりも、驚きました。山で迷った人が出会う家だからマヨイガなのだと思っていました。でも、おばあちゃんのいうとおり家が山の中で迷っているのだとしたら、なにやらこっけいです。(p168)

DV夫から逃げて北を目指していたゆりえさんは、電車の中で見かけた女の子のことが気にかかりました。同行者の女性から漏れ聞いた話だと、その女の子萌花ちゃんは、事情があって会ったこともないおじさんに引き取られるとのこと。幼いころに母を亡くしたゆりえさんは、萌花ちゃんのことが他人とは思えず、電車を降りて女の子たちが向かった食堂にまでついていきます。そして、(作中では明言されていませんが)東日本大震災に被災し、萌花ちゃんを連れて避難することになります。
避難所でふたりは、キワさんというおばあさんと出会います、おばあさんは認知症なのか、ふたりを息子の妻と孫であると思いこんでいる様子でした。自分の境遇から逃れたいふたりにこの状況は都合がよく、キワさんの呼ぶ「結」「ひより」という名前を偽名にして、小さな岬の先にあり伸び放題の生け垣に囲まれたマヨイガのような家で3人で疑似家族を形成することになります。
ここから、キワさんの語る遠野物語の世界と現実の世界が融合していきます。家に河童の集団が遊びに来たりと楽しいこともありますが、人の心の弱い部分につけこんでくる海ヘビの化け物が襲ってきたりという恐ろしい体験もします。
震災という極限の状況が設定されていますが、実はゆりえさんも萌花ちゃんももともと失うものを持っていなかったので、震災自体のダメージは比較的(あくまで比較上ですが)軽いものになっています。どさくさにまぎれてたまたま同じ電車に乗り合わせただけのふたりが運命の乗り換えを成し遂げられたことは、むしろ極限状況下のレアケースな希望になっているともいえます。そして、震災よりも津波よりも民話の世界の化け物よりも恐ろしいものは家族であるとしているのが、この作品のリアリズムです。