『なりたて中学生 中級編』(ひこ・田中)

なりたて中学生 中級編

なりたて中学生 中級編

「なりたて中学生」シリーズの第2弾。微妙に校区の違う中学校に上がって知り合いの少ない不安な中学校生活を始めることになった成田鉄男は、むしろこれは学校を公平に見ることができる境遇だということで、広報委員に推薦されます。この役目は鉄男に合っていて、鉄男は自分の中学校での位置を観察する立場であると規定します。部活動の取材で部員のまとまりのない文化部にシンパシーを抱いたり、教科担任制の授業について担当の教員の芸風に対処することが大事であると考えたりと、学校の様々な事象をゆるく観察していきます。
しかし、最終章の体育祭のエピソードになると急に空気が緊迫してきます。鉄男は生徒会長の指示で生徒みんなで「未来へ届け 希望の光!」という空疎な体育祭のスローガンを叫ばされる場面で、「アカン。オレ、これ、アカン」と強い拒否反応を見せます。その後も「不気味」という表現を多用し、体育祭の、特に規律のある集団活動を求められる場面に対する拒絶を表明します。

ラジオ体操をした時、やっぱり不気味さが襲ってきて、「これは取材やねん」ってつぶやくことでなんとか耐えた。
(p160)

いとうせいこうの『難解な絵本』に、いじめ被害者が自分は蛮族の風習を研究しているフィールドワーカーなのだという脳内設定をこしらえるという話があります。鉄男の「観察」するという立ち位置も、メタな位置に自分を置くことで精神を守る防壁となっています。

ピラミッドが始まった。二年生と三年生は一年生よりも一つ段の高い四段。十人でやる。一番上の人は立ち上がる。
すごいやん。
けど、オレは急にまた不気味になってきた。それは、なんでこんなことをしてんねんって気持ち。一番下になっている人の腕が震えている。
(p250)

「な、なんで、こんなこと、オレたちはやってるねん。けど、保護者はみんな喜んでこれを撮ってるねん。なんでやねん」
(p278)

鉄男は観察することで自分の身を守りつつ、ジャーナリストとしての役割を果たそうと来賓にインタビューを敢行し、大人は子どもに「サービス」を求めているのだという言質を取ります。内田良の仕事により教育をショー化させる保護者の欲望の問題への議論が活発になってきた昨今、こういった題材を取り上げる児童文学も当然求められます。現代の社会派児童文学に求められる役割を敏感に果たしたことが、この作品のひとつの成果です。
同時に、「観察」という立ち位置で学校生活をやり過ごすすべを提示しつつ、多様なものの考え方への糸口を示した実用的な児童文学になっているところも、この作品の美点です。