- 作者: ジョシュ,見田悠子
- 出版社/メーカー: 東宣出版
- 発売日: 2015/09/16
- メディア: 単行本
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SF「時のない都市」は、犯罪者の刑罰のために設計された都市の物語です。囚人はある処置を施されていて、自分が囚人であることを自覚していません。奇妙な刑罰を通して記憶と実存についての考察が深められます。
二人称小説「キメラなど存在しない」は、離婚歴のある中年男性の「あなた」が、息子から預かったキメラの卵をもてあます話です。息子のいう卵はただの石にしか見えませんが、それはやがて孵ってキメラが誕生します。「あなた」は懐疑論者なのでキメラの存在など認めませんが、キメラはどんどん成長して扱いがめんどくさくなっていきます。現実も奇蹟もすべてをしりぞけてしまうラストの美しいこと。
精鋭ばかりのこの作品集の中でも、特に傑作なのが「生ける海」でした。政治的信念があるわけでもなく亡命したいわけでもなく、ただ好きな女の子の気を引きたいがためにボートで海に漕ぎ出した少年の物語です。もちろんうまくいくはずがなく、少年は生死の境をさまよい、夢うつつの中で様々な思索を繰り広げます。
「海は伝説と叙事詩の最後の隠れ家だ。」
「嘆かわしいことだ。我々は深みの静謐な世界よりもむしろ宇宙空間のほうをよく知っているのだ。」
「海は過去、現在、未来、人間もその作品も気にとめない。」
「もはや遅し。社会主義か死か。もはや遅し。耐える、勝ち取る、発展する。もはや遅し。キューバに永遠の自由を。もはや遅し。海か無か……。」
少年は深い教養を持っているらしく、彼の思索は歴史や文学・神話の世界を漂っていきます。最後には人間の想像力が生み出した水の化け物、カレル・チャペックの山椒魚や、聖書のレヴィアタン、ラヴクラフトのクトゥルフに思いをはせます。そんな幻想と現実の間をさまよう海の世界の空気と、あまりにも現実的すぎるオチとのギャップがすさまじかったです。
「水浸しの呪われた孤独」を耐え抜いた少年に「人生とは、だれかが言うほどクソみたいなものではないにせよ、ときにはほぼ同じような味がする」とまでいわしめたかわいそうなオチは、ぜひ読んで確かめてもらいたいです。