『バイクとユニコーン』(ジョシュ)

バイクとユニコーン (はじめて出逢う世界のおはなし)

バイクとユニコーン (はじめて出逢う世界のおはなし)

東宣出版の叢書「はじめて出逢う世界のおはなし」のキューバ編は、1969年ハバナ生まれの作家ジョシュの短編集。幻想文学・不条理文学・SFと、多彩な作品が収められています。著者略歴をみるに主にSFの分野で評価されているようですが、この作品集を読むとどんなジャンルの作品でも非常に高いレベルの作品を書ける作家であることがわかります。ぜひ他の作品も日本に紹介してもらいたいです。
SF「時のない都市」は、犯罪者の刑罰のために設計された都市の物語です。囚人はある処置を施されていて、自分が囚人であることを自覚していません。奇妙な刑罰を通して記憶と実存についての考察が深められます。
二人称小説「キメラなど存在しない」は、離婚歴のある中年男性の「あなた」が、息子から預かったキメラの卵をもてあます話です。息子のいう卵はただの石にしか見えませんが、それはやがて孵ってキメラが誕生します。「あなた」は懐疑論者なのでキメラの存在など認めませんが、キメラはどんどん成長して扱いがめんどくさくなっていきます。現実も奇蹟もすべてをしりぞけてしまうラストの美しいこと。
精鋭ばかりのこの作品集の中でも、特に傑作なのが「生ける海」でした。政治的信念があるわけでもなく亡命したいわけでもなく、ただ好きな女の子の気を引きたいがためにボートで海に漕ぎ出した少年の物語です。もちろんうまくいくはずがなく、少年は生死の境をさまよい、夢うつつの中で様々な思索を繰り広げます。

「海は伝説と叙事詩の最後の隠れ家だ。」
「嘆かわしいことだ。我々は深みの静謐な世界よりもむしろ宇宙空間のほうをよく知っているのだ。」
「海は過去、現在、未来、人間もその作品も気にとめない。」
「もはや遅し。社会主義か死か。もはや遅し。耐える、勝ち取る、発展する。もはや遅し。キューバに永遠の自由を。もはや遅し。海か無か……。」

少年は深い教養を持っているらしく、彼の思索は歴史や文学・神話の世界を漂っていきます。最後には人間の想像力が生み出した水の化け物、カレル・チャペック山椒魚や、聖書のレヴィアタンラヴクラフトクトゥルフに思いをはせます。そんな幻想と現実の間をさまよう海の世界の空気と、あまりにも現実的すぎるオチとのギャップがすさまじかったです。
「水浸しの呪われた孤独」を耐え抜いた少年に「人生とは、だれかが言うほどクソみたいなものではないにせよ、ときにはほぼ同じような味がする」とまでいわしめたかわいそうなオチは、ぜひ読んで確かめてもらいたいです。