『チポロ』(菅野雪虫)

チポロ

チポロ

アイヌ神話を元にしたファンタジー。少年が自分の身代わりとして魔物にさらわれた幼なじみを助けるため冒険をするという、端正な行きて帰りし物語です。
知識がないのでどこまでアイヌ神話に元ネタがあってどこからが著者の着想なのかは判断できませんが、独特の怪異の世界の描き方が魅力的な作品になっています。たとえば魔物が村を襲ってくるとき、魔物たちが水陸両用のホバークラフトのような浮く小船に乗って登場するといったところに驚かされます。その乗り物が「シンター」という耳慣れない響きの言葉で呼ばれているのも味わい深いです。
登場する魔物は鬼や天狗のように名づけられ分類された妖怪ではなく、特徴の説明とともにただ「魔物」と呼ばれるだけの存在です。そのため得体の知れない怖さを獲得しており、魔物の群れが村を襲撃する場面の絶望感は大変なものになっています。
菅野雪虫といえば社会派ですが、その視点でみると神のはからいによって村の川に大量のススハム(シシャモ)が流れてきたというエピソードが興味深いです。ここで思い出されるのは、松谷みよ子の『龍の子太郎』です。たった3匹のいわなを食べたというだけで龍にされるという罰を受けた母親の運命を嘆く太郎は、「おらがいいたいのは、もしそのとき、いわなが百匹あったら、ってことなんだ」と問題提起をします。ススハムのエピソードはそれに対するひとつの答えであると捉えられます。それを、急に富が増大すると格差が広がって新たな不幸が生まれるとした菅野雪虫は非常にシニカルです。
これは、現実の社会問題の解決策を模索する目的の社会派児童文学としてではなく、人も神も愚かであることの悲哀を描き出すことに主眼のあるエピソードと理解すべきなのかもしれません。