『根の国物語』(久保田香里)

根の国物語 (文研じゅべにーる)

根の国物語 (文研じゅべにーる)

オオクニヌシ根の国訪問の神話を元にしたファンタジー。しかし、作中の空気は妙にずらされています。
母の命令でスサノオから大刀と弓を授けてもらおうと根の国にやってきた出雲の王子ナムジ(オオクニヌシ)。ところが出会ったスサノオは、娘のスセリとふたりで静かに農業をして生活していて、荒々しい英雄のイメージとはかけ離れていました。神話どおりの出来事も起こりますが、火に囲まれる試練はただのうっかりミスでスサノオが火を付けただけで、火がおさまるとスサノオは「気まずそうな顔で縄を下ろし、ナムジがつかまると、無言のまま引き上げてくれた」という気の抜け方。
この変な空気の原因は、作中人物が〈物語〉を共有していないところにありそうです。ナムジの母は、スサノオの試練を受け出雲継承の証として宝物を奪い取るという〈物語〉に執心しています。しかしスサノオはすでにそういう〈物語〉からは降りていて、試練を与えるつもりもなく、宝物にも全然執着していません。ナムジの方は母の命令だからと従っていますが、スサノオの影響を受けて逃げるのもありかなあと考えてみたりもする、どっちつかずの立場です。
ナムジは運命からの逃走を試みますが、〈物語〉の包囲は強固で、運命を修正しようとしても元の道に戻されてしまいます。幸福な結末を目指して主人公がもがくけど定められた運命からはなかなか逃れられないループものの物語を読んでいるときのようなもどかしさが、この作品からは感じられます。
久保田香里はこういうユニークな歴史ものを書く作家なのですが、2005年にデビューしてからまだ4作しか本が出ていません。もっと書いてもらいたいです。