『十一月のマーブル』(戸森しるこ)

十一月のマーブル

十一月のマーブル

これは、誰かを傷つけるかもしれない、道徳的に正しくないかもしれない選択をしてしまうことについての物語です。
小学6年生の11月、波楽は父親の書斎から離婚した血縁上の母の七回忌を知らせるはがきを発見します。これをきっかけに波楽は母の再婚相手(元不倫相手)の凪という男と知り合い、母の過去を知ることになります。
波楽の母は当時未成年だった男と不倫していました。道徳的な非難は免れえません。でも、これは完全に母に非があるので、自分の選択の責任を自分で引き受ければいいだけですから、ある意味話は簡単です。
簡単にすまないのは、残された波楽の立場です。母の関係者に接近すれば父や父の再婚相手や義妹を傷つけることになります。かといって、母の関係者を無視すれば、今度はそちらを傷つけることになります。母の身勝手な行動によって波楽は、どちらを選んでも誰かを傷つけてしまうという面倒くさい立場に立たされてしまうのです。
それでも、自分の選択が誰かの願いを押しつぶしてしまうとしても、人は決断をして生きていかなければなりません。そういった選択を引き受けることが、この作品で描かれている「成長」です。とても苦い「成長」を描きえたことが、この作品の成果でしょう。
ぼくたちのリアル

ぼくたちのリアル

ところで、戸森しるこの前作『ぼくたちのリアル』で重要と思われるところを読み過ごしていた疑いが出てきたので、簡単に触れておきます。『ぼくたちのリアル』の終盤、主人公がある登場人物の性指向をアウティングするのですが、当人の認識は「ただのおせっかい(p199)」という軽いものでした。このような軽い扱いで、アウティングが人の生死に関わるレベルの人権侵害行為であるという認識を若い読者に持たせることができるのか、疑問に思いました。

以下、『十一月のマーブル』作中で終盤まで伏せられている謎について触れるので、未読の方は読まないようにお願いします。























結局波楽は現在の家族関係について、義妹の願いを押しつぶす希望を表明します。もうひとつ波楽は、難しい選択を迫られます。
それは、親友のレンをめぐる問題です。レン(連城未来)は戸籍上女性の性同一性障害の子で性指向は男性に向いておらず、波楽とは男同士の親友としてつきあいたいと願っています。しかし波楽は、レンにヘテロ男性として恋愛感情を抱いています。
波楽が恋愛感情を表明すれば、当然レンの願いは踏みにじられることになります。そうなれば、レンを傷つけた責任は波楽が負わなければなりません。
ふたりがまだ小学6年生であること、ふたりの進学先が別れてしまうことによって、問題は当面棚上げされ、波楽は自分の思いを隠しておく決断をします。

ぼくはまだ女の子のレンのことが好きなんだ。
だけどさ、それをいっても、レンはきっとよろこばない。
だからいわないって、ぼくはそう決めたんだ。
(p166)

ただしエピローグでは、「ぼくのこの気持ちは、どこかでレンを傷つけてしまうかもしれない」と、この先レンの意に沿わない選択をしてしまう可能性も認めています。どちらの可能性も残す終わり方にしたことについては、評価が分かれそうです。