『馬琴先生、妖怪です!』(楠木誠一郎)

馬琴先生、妖怪です! (お江戸怪談捕物帳)

馬琴先生、妖怪です! (お江戸怪談捕物帳)

南総里見八犬伝』の新作を2年も放置している絶賛スランプ中のひきこもり作家曲亭馬琴の前に、毎日ファンレターをくれる熱心な読者が現れます。ところが、最初はまともなファンレターだったのに、「伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫伏姫」とキャラ名を紙いっぱいに写経するようなこわい手紙を送りつけたり、屋敷の前に動物の死骸を置くようになったりと、ストーカー行動がエスカレートしていきます。馬琴の屋敷に住み着いている座敷童や近所の悪ガキ三人組が馬琴を守るために立ち上がり、騒動が拡大していきます。
ストーカー妖怪との戦いが、悪ガキどものいたずらというレベルで繰り広げられます。鍋を頭にかぶって武装したり、みんなでわいわい言いながら落とし穴を掘ったりする様子の、楽しそうなこと楽しそうなこと。最終兵器がまさに兵器であるという頭の悪さもすばらしいです。
愉快な妖怪バトルが展開される一方で、人間同士の価値観の対立が描かれているところも、この作品の魅力です。ストーカーの手紙を見て「ふつうじゃない」と言った馬琴に、座敷童は「ふつう、ってなに?」と問いかけます。馬琴は「ふつう」はひとりひとり違うものであることは認めながらも、「この真琴という女のふつうは、わしには受け入れられるものではない」として、ストーカーの要求を無視する決断をします。
また、ひきこもり生活を続けたい馬琴と、ひきこもりを外に出したい座敷童の対立も、全体を貫くテーマになっています。悪ガキどもとの交流でいい感じになりながらも、結局「面倒くさい」という行動原理に流されてしまう馬琴のダメさが好ましいです。