『まっしょうめん!』(あさだりん)

まっしょうめん! (偕成社ノベルフリーク)

まっしょうめん! (偕成社ノベルフリーク)

海外赴任中の父親が人気取りで「自分の娘はサムライガールだ」という適当な嘘をついてしまったので、証拠写真を撮るために無理矢理剣道を習わされることになったかわいそうな小6女子の話です。
主人公の成美が入った剣道教室の監督は、勝ち負けにこだわらない方針でした。スポーツは勝敗を競うものと思いこんでいた成美は、監督のいう勝ち負け以外の価値観や「必死さとはちがう強さ」をなかなか理解できず、試合で相手の反則を誘って勝とうとしたり、一本取ったらガッツポーズをしてしまって一本取り消されたりと、空回りします。

「剣道は、武道なんだ。もとは、武士が真剣、つまり本物の刀で斬りあいしていたのを、いまは竹刀でおこなっている。おまえは、相手が血まみれで自分の足もとに横たわっていても、ガッツポーズができるか?」
(p98)

この作中における剣道は、少なくとも成美の通っている道場においては、勝ち負けのない世界で子どもを守り育もうとする大人が管理している、優しい世界になっています。しかし、この世界はそんな優しい世界ばかりではありません。
能天気に海外生活を満喫しているようにみえる父親のいる大人の世界は、剣道の優しい世界とは違います。父親の仕事が〈カイゼン〉であることは、序盤から明かされています。つまり業務の効率化であり、人件費削減・人員削減です。偽物のサムライガールの父親が実は本物の人斬りであったという冗談は、笑うに笑えません。辛辣なブラックユーモアのセンスを持った新人の登場を歓迎したいです。
また、大人ばかりでなく子どもであっても、自分が安全な世界にいると感じられなければ、弱肉強食の世界に身を投じざるを得なくなります、成美は以前、そんな子どもの被害者になった経験がありました。このエピソードが、被害者側に立っても加害者側に立ってもリアルに痛くて、読者はかなりいやな気分にさせられます。
成美の一人称語りはゆるいのですが、成美が現在いる優しい世界と厳しい世界は容易に交錯しうるという現実が徐々に明らかになるので、作品世界には絶妙な緊張感が漂っています。この緊張感は、子どもの置かれている現実をうまく反映しているように思えます。