『魔女は真昼に夢を織る』(松本祐子)

聖学院大学の教授であり児童文学作家でもある松本祐子の本。第1部が創作で、第2部にはファンタジーの評論が載っているという、珍しい構成の本になっています。
第1部に3作収められているファンタジー短編は、塔に閉じ込められた姫君の物語や灰かぶりの物語など、おとぎ話パロディ的な作品となっています。90年代のちょっと古めの作品なので、おとぎ話パロディとしてはやや素直な作品ばかりにみえます。ただ特筆すべきなのは、このうち2編はS‐Fマガジンの臨時増刊号として刊行された「小説ハヤカワ ハィ!」の掲載作であるということです。現在新刊で入手可能な本で「小説ハヤカワ ハィ!」掲載作が読めるものは珍しいでしょう。この時代の空気を知るための資料として貴重な本になっています。
評論でおもしろかったのは、魔法の食べ物について考察した「魔女の食卓」です。松本祐子は魔法の食べ物のパターンを以下の3つに整理します。

1.まったくなにもないところから、忽然と食べ物を生み出す。
2.空間移動によって、どこかに存在していた食べ物をその場に持ってくる。
3.目くらましによって、本当は存在していないものを食べているかのように錯覚させる。

そこから、ナルニアの魔女は異世界の食べ物であるターキッシュ・ディライトを知っているはずがないので、エドマンドは幻術でそれを食べたと錯覚させられたのだろう、つまり3のパターンなのであろうとこじつけます。魔女はロンドンに来たことがあるけど、その短い滞在時間でターキッシュ・ディライトを知ることがなかっただろうということまで付け加える細かさが楽しいです。
幻術に長けた魔女といえば、「魔法の国ザンス」シリーズに登場するアイリスですが、彼女についての考察も興味深いです。アイリスがビンクに幻のごちそうをふるまう場面の記述を精査し、おいしい料理の幻をつくるためには幻術の使い手に実際の料理の心得が必要であるという結論を導き出し、「アイリスの魔法の料理は、研究と努力と才能の賜」であるとします。となると、料理以外のアイリスの幻術も「研究と努力と才能の賜」であるはずです。幻術というチート能力の持ち主と思われていたアイリスが実は努力型の天才であったとは。この論考によってアイリス観が変わったことは、大きな収穫でした。