『狐霊の檻』(廣嶋玲子)

狐霊の檻 (Sunnyside Books)

狐霊の檻 (Sunnyside Books)

みよりのない12歳の少女千代は、阿豪という大富豪に買われます。阿豪が千代を買った目的は、一族の守り神である狐の神霊あぐりこ様の世話をさせるためでした。もとは貧しい百姓であった阿豪の信仰心に感じ入って、あぐりこ様は守り神になりました。しかし阿豪の者はやがて欲に支配されるようになり、呪術的にあぐりこ様を監禁して百年ほど富を蓄えてきました。あぐりこ様も阿豪の者を憎むようになり、毒気を吐いて子どもが生まれにくくなるようにして一族を滅ぼそうとしています。そこに千代がやってきたことから、運命は動きはじめます。
阿豪一族は健康を冒されながらも繁栄を手放すことができず、あぐりこ様を監禁し続けます。もはやなにが目的でなにが手段だったのかも見失ってしまうくらい、阿豪一族は狂っています。その支配と抑圧の仕組みがたいへんおぞましいです。あぐりこ様は千代と仲良くなりますが、あぐりこ様の毒はもっとも近くにいる千代を傷つけてしまうことになるので、毒が吐けなくなり復讐が頓挫してしまいます。ふたりの絆が強くなるほど身動きができなくなる、うまいやり方を考えついたものです。
あぐりこ様は見た目は8歳くらいの童女ですが、実際は150年ほど生きています。それだけあって包容力が高く、ひどい境遇で理不尽な目に遭ってきた千代の哀しみを受け止めて、的確ないたわりの言葉を与えます。

「売られるというのは、つらいことだ。心を踏みつけられることだ。つらかったね、千代」(p47)

はじめはあぐりこ様の人間離れした美しさに魅了されていただけだった千代も、その優しさに触れ、心からあぐりこ様を慕うようになります。
シスターフッドの力で抑圧に立ち向かうフェミニズム児童文学としてこの作品を読むこともできるでしょう。そうしたテーマ性も内包しつつ、非常に高い娯楽性を持っているところが、この作品の魅力です。
ふたりで秘密を共有し、脱出のための準備をする場面の緊張感。そして実現される逃避行の盛り上がり。不吉な布石と残りページ数の少なさから読者は悲劇的な予感ばかり持たされますが、それでもふたりに幸福な結末が待っていることを願わずにはいられなくなります。