『ふたりユースケ』(三田村信行)

ふたりユースケ

ふたりユースケ

「あたしは、おとなの勝手な思い込みと願望で子どもがおもちゃのようにいじくりまわされるのがいいとは思わないのよね」(p182)

三田村信行が現代を舞台にした不条理ホラーを出すのは、けっこう久しぶりな感じがします。父親の仕事の都合で上須留目という集落に引っ越すことになった11歳の少年小川勇介の受難の物語です。
この集落は昔は栄えていましたが50年前の地震がきっかけで衰退しており、過去の栄光にすがってプライドだけが肥大した住民が幅を利かせていました。そこに大川雄介という神童が生まれ、集落に再び栄華をもたらす救世主として期待を一身に浴びていました。ところが大川ユースケは川で溺死してしまいます。その二年後に大川ユースケに外見も名前もそっくりな小川ユースケが現れたので、住民たちは神童の生まれ変わりであるとあがめ、小川ユースケを大川ユースケの身代わりにするため英才教育を施す〈大川ユースケ化計画〉という、地域ぐるみの児童虐待プロジェクトをはじめます。
小川ユースケがはじめて上須留目にきてバスに乗っていると、老婆たちがユースケを指さしてぺちゃくちゃうわさ話をします。この場面で、たいへんなところに来てしまったということがすぐに印象づけられます。さすが三田村信行、こういう薄気味悪い演出はお手のものです。
ユースケも期待されることには悪い気はせず、すこしは周りの大人を喜ばせてやりたいという善意も生まれてきます。そこにつけこむ大人たちのいやらしいこと。大人の身勝手な教育欲が暴走すると、それは洗脳や児童虐待と同じになってしまいます。
実は虐待被害者は小川ユースケだけではく、初代ユースケもひどいプレッシャーに押しつぶされていたのだということが、だんだん明らかになってきます。その初代ユースケが自分だけの秘密の退避場所を〈ほっとスポット〉と名づけていたことが不穏で、このあたりを掘れば作品の闇がさらに深まりそうです。