『封魔鬼譚3 混沌』(渡辺仙州)

封魔鬼譚(3)渾沌

封魔鬼譚(3)渾沌

朝廷に敵対する道を選んだ〈封魔〉楊月が、3巻の主役となります。楊月が乗っていた乗合馬車が、不気味な無人の村に辿り着きます。村にはモフモフの毛玉の化け物がいて、この化け物に襲われた人間は砂になってしまいます。馬車の乗客たちは逃げようとしますが、村外に出ようとすると道がループしてしまい、村から脱出することもできなくなってしまいます。回教徒風の格好をした数学者に旅の画家(実はシリーズの主人公李斗の兄)、あやしい宗教の教祖に旅芸人の親子に強欲な商人、そして自分自身が化け物である楊月と、乗客はくせ者揃い。偶然運命共同体となった乗客たちが助けあったり足を引っ張りあったりの大騒ぎが起こります。

「算術で重要なのは計算ではない。(中略)重要なのは算術をとおして論理的な思考能力をきたえることだ。加減乗除はあくまでも作業であり、算術の本質ではない。」(p28)

ということで、3巻は閉鎖空間パニックSFという趣向になっています。楊月の役どころは道化師なので、思わせぶりなことを言って冷笑的に事態を見守るだけで、問題の解決に積極的に関わろうとはしません。一行のリーダー役は謎の数学者が引き受けることになります。2巻に続き3巻でも、近代的な合理主義が物語を主導していきます。

必要なのは、事実を事実としてとらえる観察力、そしてそれに対する分析力だ。
(p121)

等間隔に配置された謎の球体が空に浮かんでいることに気づいた一行は、それを手がかりに分度器を使って位置を測量します。そしてデータを集め、試行錯誤して脱出手段を思案します。彼らがやっているのは、データを集め論理的に推論して仮説を立て実験してそれを検証するという取り組み、すなわち自然科学の研究です。渡辺仙州は、自然科学はむちゃくちゃおもしろいのだということ、論理的思考力こそが人類の持つ力であり、極限状況下でそれを使える人間はむちゃくちゃかっこいいのだということを伝えようとしているのです。
そういう意図は明確ですが、説教くさくはありません。ホラー状況を設定し、さまざまな人間ドラマを交えて楽しい物語を展開しながら、同時に仮説実験の過程も魅力的に描いているので、良質なエンターテインメントとして読み進めていくことができます。
シリーズを貫く、記憶・同一性・不死といったSF的なテーマも興味深いです。3巻には、肉体を捨て外部記憶装置に記憶をコピーすることで不死を手に入れようとする人物が登場します。ここでは、魂のような実体のないもの存在や意識の連続性は問題にされていません。つまり、人格に関して還元主義の立場を……すみません、知ったかぶって難しいことを書こうとしたけど無理だったので、詳しい方に投げます。様々な楽しみ方ができる作品なので、こういった作品が児童に提供されることの意義を、多くの人に語ってもらいたいです。