『封魔鬼譚2 太歳』(渡辺仙州)

封魔鬼譚(2)太歳

封魔鬼譚(2)太歳

北宋の道士が妖魔と戦う「封魔鬼譚」シリーズの第2弾。福州の大富豪周得達の屋敷で、七日おきに人が頭の中身を抜かれて怪死するという不可解な事件が続きます。周得達は肉塊にたくさんの目玉のついた妖怪太歳の呪いだと思いこんで、高名な少女占星術師碧紫仙子に祈祷させますが、その際中に密室で同じように殺されてしまいます。1巻の事件で白鶴観の道士となった李斗と先輩同士の花蘭は、この連続殺人事件の解決のために福州に派遣されます。
道士たちは、実体のない霊的なものの存在を認めていません。周得達の息子たちも合理主義者で、呪いの存在を信じていません。碧紫仙子の性格占いがパーナム効果を利用したインチキであることを、先輩道士の花蘭はすぐに見抜いてしまいます。登場人物は近代的な合理主義者ばかりで、世界には不思議なことはない設定になっています。このシリーズは〈ホラーファンタジー〉と銘打たれていますが、このような設定から、むしろ本格ミステリに近い楽しみ方もできるようになっています。
ところが、先輩道士の花蘭は冷め切っているのに、李斗はおもしろいように碧紫仙子にたぶらかされてしまいます。やがて李斗の純粋さに心を打たれ碧紫仙子も改心しますが、物語は悲劇の方向に加速していきます。このあたりのベタな悲恋の描き方もうまいです。このシリーズ、ホラー・SF・ミステリに濃密な衒学要素をまぶしている盛りだくさんの内容なのに、各要素が不調和を起こさず、きれいなエンタメとしてまとまっています。この匙加減は絶妙です。
ここで、設定まわりを簡単に確認しておきましょう。この北宋では、朝廷の軍事機関が開発した生物兵器が脱走したものが妖魔として暴れ回っていました。それを退治する(というより、葬り去って軍事機密を隠匿する)のが、道士の役割となっています。道士も好きで朝廷に従っているわけではなく、なんらかの弱みを握られている者が多いようです。
李斗は、人間の人格や記憶や肉体をコピーする能力を持つ〈封魔〉という妖魔に殺されています。そしてその〈封魔〉が李斗をコピーして、李斗になりかわっています。この李斗は、はたして本当の李斗といえるのでしょうか。パーフィットの火星電送装置の思考実験のような、難解な設定です。この難問がどう処理されるのか、シリーズの今後を注意深く見守る必要があります。
〈封魔〉としての力を解放すると、人としての李斗の意思ではそれを制御することができず、暴走してしまいます。そんな力を使って、李斗は自分と同じ立場の朝廷につくられた怪物たちと戦っていかなければなりません。ダークヒーローとして非常においしい設定を、李斗は持っています。ヒーローものとしての今後の展開も楽しみです。