『昭和こども図書館』(初見健一)

昭和こども図書館

昭和こども図書館

1967年生まれの著者が、自身が小学生のころに読んだ本を振り返った、ブックエッセイです。生真面目な児童文学関係者の評論ではなく、大人の目を意識した優等生の感想文でもなく、ふつうに読書を楽しんでいた子ども読者の素直な本の受容の仕方が語られているのが、この本の特長です。
たとえば、真面目な大人は深刻な社会問題を扱ったよい本だと評価している松谷みよ子の『死の国からのバトン』についてどのように言及されているか、みてみましょう。

小学校時代、本書は「図書室で一番怖い本」として有名だった。読んでいる子はほとんどいない。誰も読んでいないのに誰もが「怖い本」として知っている不思議な本だったのだ。

死の国からのバトン (少年少女創作文学)

死の国からのバトン (少年少女創作文学)

で、実際読んだ著者もまったくおもしろいとは感じていません。著者は、松谷みよ子斎藤隆介*1の「教育的」「戦後民主主義的」な作品に子どもなりに拒絶感を持っていたと表明しています。ただし、松谷作品では『死の国からのバトン』は評価していないのに『ふたりのイーダ』については、そのミステリ的なおもしろさを絶賛しています。つまり、子ども読者にとって重要なのは思想性ではなく、単純におもしろいかおもしろくないかということに尽きるのです。
小学校低学年向けの本の章をみると、『からすのパンやさん』『ちいさいモモちゃん』『いやいやえん』『ぐりとぐら』と、現在も読み継がれている本が目立ちます。世代を超えるロングセラーの底力をみせつけられます。子どものころの読みと現在の読みを織り交ぜて作品に取っ組み合う著者をみていると、特に低学年向けの作品について語ることの難しさを痛感させられます。子どものころのあやふやなおもしろさの記憶を手探りしながら、大人の視点で理知的に作品を分析していく過程はスリリングです。あまんきみこの『車のいろは空のいろ』はタクシー怪談集であるといった、意外な視点の評論もあって読ませます。
紹介されている本にオカルト本が多いのが目につきますが、これも当時の子ども読者の実態をよく表しています。その頃の子どもはオカルト好きが多かったですし、本の好きな子であればなおさらです。正統な児童文学史では語られにくい児童文化の実態を知る上で、とても貴重な資料になっています。

*1:ただし、斎藤隆介らの創作民話に対する「江戸しぐさ」のようだという批判は的外れにすぎるので、反論しておきます。創作民話はフィクションの技法です。フィクションをフィクションとして描いている創作民話と、フィクションを事実だと偽って架空の道徳を説く「江戸しぐさ」とは、まったく性質が違います。