『かえたい二人』(令丈ヒロ子)

かえたい二人

かえたい二人

「斉藤さんとの愛の深さにぐっときたわ。末永くお幸せに」
(p213)

『なりたい二人』の姉妹編。SF作家の父親の奇妙な仲間たちがよく家に出入りするため、月方穂木は「変人ハウスのヘンジンコ」といじめられていました。父親の英才教育のおかげで中2にして神林しおりや伏木空級のSFオタクになった穂木は立派な誇るべきヘンジンなのですが、そのキャラで学校生活を送るのは茨の道、転校を機に「ふつう」の女子になろうとキャラ変をもくろみます。思いがけずうまくことが運んで、カースト最上位女子の萌奈のグループに入れそうになります。しかし昼食時に大問題が発生、父親が趣味全開のクリーチャーのキャラ弁を作ってくれていたのです。これがみんなに見られたらまたクラス内での地位が確定してしまいます。教室から逃げ出して裏庭でこっそり弁当を食べそうとした穂木は、「ヘンジンコ」と話しかけられます。現れたのは赤髪悪魔メイクの見覚えのない女子、実は小学校が一緒だった斉藤陽菜でした。お嬢様から一匹オオカミにキャラ変していた陽奈は、母親の作るかわいらしい弁当を他人に見られたくなくて、この「秘密の花園」に隠れていました。これは好都合と、毎日弁当を交換する秘密同盟が結ばれます。
親の作る弁当には子どもの育ってきた環境、その子の内面があらわれますから、それを毎日交換するという行為は百合にほかなりません。根がお嬢様でお人好しの陽奈は、穂木がリア充グループになじめるように協力を惜しみません。もちろん悪魔女子と仲良くしていることがバレたらカースト転落してしまいますから、ふたりの関係は秘密です。オタク少女とおっとりお嬢様が令丈ヒロ子一流の漫才をしながら秘密の友情を深めていくさまは、ほほえましくて楽しく読み進めていけます。特に穂木の語りは笑わせてくれます。オタク特有の理屈っぽさ、ソラリスとかトリフィドとか人類滅亡とかいう単語が当たり前のように飛び出す偏り具合、この本の装丁からは想像もつかない濃さです。
しかし、一歩足を踏み外せばすぐにギャグパートからシリアスパートに突入してしまいます。いつものことながら、一挙にシリアスに突き進んで落差で読者の感情を揺さぶる令丈ヒロ子のテクニックは憎いです。現れるのは、圧倒的な情報収集力と空気操作力を持つ本物の悪魔女子が支配する教室という地獄です。
「かえたい二人」というタイトルは、理不尽な環境に適応するためのキャラ変を意味するのではありません。人がありのままに自由に生きられない世界に立ち向かえる強い人間に自分を「かえたい」という、闘争の意志を意味しているのです。生きる勇気をもらえる作品です。多くの必要としている子どもに届いてほしいです。