『消せなかった過去──まど・みちおと大東亜戦争』(平松達夫)

消せなかった過去──まど・みちおと大東亜戦争

消せなかった過去──まど・みちおと大東亜戦争

非常に重い問いかけがなされている本でした。
日本人初の国際アンデルセン賞作家賞を受賞した詩人まど・みちおは、1992年に刊行された『まど・みちお全詩集』に2作の戦争協力詩を載せ、あとがきで反省の念を表明しました。その態度は、今江祥智谷川俊太郎をはじめとした一流の文人たちから好意的に受け止められました。その後大量の戦争協力詩が新たに発見されてからも、本格的な批判は起こりませんでした。まど・みちおの戦争協力の実態はどうだったのか、なぜまどが神聖不可侵な存在であるかのように批判を浴びなかったのか、著者は台湾時代のまどの活動を精査しながら、その謎を解き明かしていきます。
台湾では本名の石田道雄名義で戦争協力的な活動をし、本土ではまど・みちお名義を使用していたまどが、ふたつの自分の間で引き裂かれていくさまが、詳細に明かされていきます。まどはやがて、戦争協力をしていた「石田道雄」の存在を隠蔽するようになります。
それにしても不思議なのは、そんなまどが批判らしい批判を受けなかったことです。戦争協力詩を批判したところで特高に捕まって虐殺される時代でもないのに。著者はその理由をこのように総括します。

研究者や詩人のまど・みちおの戦争詩と戦争協力詩の評価を通じて見えてきたのは、それらが書かれた歴史的背景から切り離し、まど・みちおの戦後の業績と評価によって過去を見るという視点であった。
(p144)

敗戦直後の児童文学者の戦争責任問題についても触れられています。児童文学者協会は戦争責任を追及する粛正委員会を設置したものの、「無キズのものは少ない」ということからうやむやになってしまいます。結局誰も責任をとりたくないし、責任の追及もしたくないということなのでしょう。
責任をとるということについて、自由に言論をおこなうということについて。この本でとりあげられている問題は過去のことではありません。断罪されているのは、現在です。