- 作者: 藤野恵美,HACCAN
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/03/16
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- 作者: 藤野恵美,朝日川日和,プライマリー
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ところで、そういった抑圧をテーマとした優れたエンタメ児童文学は日本にもありましたよね、ということで本題。
2005年から2007年にかけて青い鳥文庫から刊行された「七時間目」シリーズの新装版が今年刊行されました。第3作『七時間目のUFO研究』は、小さな村にUFOの目撃証言が相次いだことから、「デムパの沼」というテレビ番組で大人気のインチキ霊能者アダムスキー江尻*1がやってくる大騒ぎに発展するというコメディです。
藤野恵美のデビューは2004年なので、「七時間目」シリーズは最初期の代表作ということになります。その後の作品で藤野恵美は、毒親抑圧児童文学の第一人者・児童書界屈指の本格ミステリの名手としての地位を確立しています。その視点で『七時間目のUFO研究』を振り返ってみましょう。
丸カッコでくくられた内言が異様に多いことからわかるように、主人公の朝比奈あきらは言葉を抑圧されています。反知性主義で抑圧的な母親が主な原因で、あきらは合理的な言葉を発しても他人には通じないということを学習してしまっているのです。あきらと母親の決定的な決裂は、母親がアダムスキー江尻に子育て相談をするという地獄のようなコメディとして描かれます。アダムスキー江尻は母親に部屋の鍵を壊すようにアドバイスし、あきらは母親に対しては心の鍵を永遠に閉ざすことを決意します。小学6年生に親を捨てるという決断をさせる厳しさは、さすが藤野恵美です。しかし、2010年から始まった毒親に人生を狂わされた高校生たちの群像劇である「神丘高校」シリーズを考慮に入れてあきらのこの先の人生を思うと、その多難さに暗澹たる気持ちになってしまいます。
『七時間目のUFO研究』は、UFOの正体を探る謎解き小説・本格ミステリとして読むこともできます。それは、枯れ尾花を暴き立てる作業になります。そして藤野恵美は、枯れ尾花を暴いた先にある本当の知性の世界にこそ、夢やロマンがあるとします。UFOが好きすぎるあまりUFOの目撃証言のほとんどが枯れ尾花であることを見抜けるようになってしまったオカルト雑誌の記者の青年を知性の世界への導き手として設定する藤野恵美のバランス感覚は、絶妙です。
安易な正解を与えてくれる者を信奉し思考停止する人々を食い物にするアダムスキー江尻は、「我々は孤独ではない」と説きます。彼の信者たちが熱狂的に「わ〜れ〜わーれ〜は、孤独ではな〜い」と叫ぶシーンは、この作品のなかでももっとも笑えるシーンで、かつ怖いシーンです。これは逆にいえば、知性と合理主義に目覚めてしまった人間は孤独になってしまうということを意味します。子どもに茨の道を指し示してしまう厳しさが、藤野恵美です。それでいて、あの場で思考停止した人間が多数派にみえたのはそもそも信者の集まりなんだからあたりまえで、そんなに怖がらなくてもいいんだよと説く優しさもあわせもっています。ただしそれは情緒的な気休めではなく、合理的な説明でなければならないのです。
『嘘の木』をはじめとして、今年は翻訳児童文学でも日本の児童文学でも、理系的発想と合理主義精神を大事にする作品が目立ちました。時代がようやく、藤野恵美に追いついてきたようです。