『100年の木の下で』(杉本りえ)

100年の木の下で (teens’ best selections)

100年の木の下で (teens’ best selections)

物語の内容を触れる前に、まずは佐竹美保によるカバーイラストの魅力を語りたいと思います。このカバーイラストには、紙の本ならではの工夫がなされているようです。カバーの前面と後面はほぼ対象の構図になっています。カバーを完全に開かず本を60度くらいの角度で開いて背面から見ると、立体感のある木が真ん中で存在感を放ち、奥行きを持った背景が左右に広がっていきます。
樹齢100年ほどの大きな栗の木とお地蔵さんのある家の物語です。12歳の千尋は、年末年始をそんな家で過ごすことになります。家の主の律おばあちゃんは無愛想であまり子どもを歓迎するようなタイプではなく、千尋の方もどちらかというと人間関係の苦手な子で、あまり楽しい休暇になりそうな感じはしません。物語は千尋の親類にどんどん主役を交代させていく連作短編のかたちになり、千尋の曾祖母ハルの子ども時代からおよそ100年にわたる家の歴史が語られます。
特別大きな事業を成し遂げたわけでもなく特別な才能を受け継いでいるわけでもない一族の歴史が淡々と語られているので、セールスポイントを打ち出すのが難しいのですが、特別さがないところがこの作品の美点です。1922年の庶民の貴重な楽しみであった温泉旅行のお土産がお地蔵さんであったとか、頼まれもしないのに子どもがお地蔵さんの賽銭箱をつくるとか、そんなささやかなエピソードの集積がなんとも心地よいのです。
それぞれの時代なりの抑圧やままならなさはもちろんあります。それでも時間は過ぎていき、いろいろや屈託も流されていきます。それは残酷なことではありますが、救いであるようにもみえます。
歴史は集積していくものの、家の伝統を受け継げというような圧力がそれほど感じられないのも、この作品のよさです。親類から受け継いだものを自分のなかの「たくさんの層」として、ミルフィーユのような楽しげなイメージで受け止める者もいます。一方で、親類に外見や性格が似ていると指摘されることを、自分が誰かのコピー扱いされているようでおそろしいと感じる者もいます。
ここでぐわっと感動しろとか、ここから教訓を読み取れというような押しつけがましさはありません。ただ、ここに生活があり人生があったのだということを、しっかりと描き出しています。カバーイラストと同様、立体的で奥行きを持ったすばらしい作品でした。