『ホームメイキング同好会』(藤野千夜)

ホームメイキング同好会

ホームメイキング同好会

00年代を代表するジュヴナイルSF『ルート225』から約15年、久しぶりに理論社から藤野千夜の本が出ました。3年に1回しか文化祭が開催されないという奇妙な風習のある高校で、1年生で文化祭に遭遇することになった亜矢たちが模擬店カフェを開こうとする話です。善意と幸福感に満ちた世界が描かれている傑作。2016年の年間ベスト級のYA作品*1です。
高校生活で1回だけの文化祭だというのに、クラス企画は自由参加というゆるゆる具合。クラスの一体感など求めないというあたり、居心地がいいです。
文化祭準備期間で300ページほど、文化祭当日以降で100ページほどという長大な作品で、作中時間はゆったりと流れていきます。しかし、高校生はずっとその高校の生徒としての顔で生きているわけではなく、多面性を持っているので、語るべき内容は盛りだくさんです。いまは男子校に通っている、同じマンションの幼なじみののぶおとつきあっていること。小学生時代はなぜかマンション内恋愛はタブー扱いだったのに、いつの間にかどうでもよくなってきているところに、ささやかな歴史性が感じられます。Pontaカードのポイントでメロン牛乳をおごってもらうといったどうということのないイベントが愛おしいです。
塾の友だちナミちゃんとの関係も気になります。ナミちゃんは、近所の家の離れにロボットがいるといった、突拍子もない話をする子です。ロボットのいる一家の物語がどんどん広がっていく様子が楽しいです。
もちろん、学校にも魅力的な友だちがたくさんいます。特に気になるのが、なんらかの性的マイノリティであるらしい三上君と、三上君と中学時代からの親友でアラレちゃんメガネをかけたハイテンション女子千代田りんです。男子っぽくない三上君は、〈みーか〉と呼ばれてふつうに女子集団にとけこんでいます。亜矢が「ねえ、みーかってどうなの、結局、どういうジャンルなの」と聞くと、千代田りんは「さあ、知らなーい。みーかはみーか、性別もみーか」と軽く言ってのけます。おそらく三上君と千代田りんには中学時代いろいろなことがあって、余人には計り知れない戦友めいた絆を持っているようです。でも、その詳細は亜矢にはわかりません。仲のいい友だちにも容易に踏みこめない領域があるというところにリアリティがあります。
基本的に幸福感に満ちた世界ですが、当然しんどいこともあります。のぶおとの関係に干渉しようとする父親へのいらだちとか、ちょっとした行き違いでのぶおとこじれたりとか。とはいえ、作中人物のほとんどは善意で生きているので、あまり深刻なことにはなりません。
作中に明確に悪意が登場するのは、みーかが運動部男子に攻撃される場面くらいです。そこも、さわやか男子の佐々木君がきれいに収めてくれます。藤野千夜芥川賞受賞作『夏の約束』(2000・講談社)では、マイノリティに向けられる悪意は「世界の八割」とされていました。悪意の割合はだいぶ下がっているようです。
そして、文化祭が始まってから、奇跡が起こります。作中人物も読者のほとんども信じていなかったであろう奇跡です。この奇跡を納得させてしまう力こそ、文学の力です。
それにしても、『ルート225』『ホームメイキング同好会』のたった2作だけで児童文学・YA界に伝説を残した藤野千夜の才能には恐れ入るばかりです。またいつかこの分野の本も書いてもらいたいです。

*1:といっても、『ホームメイキング同好会』の初出は「すばる」なので、出自は純文学。