『ルソンバンの大奇術』(牡丹靖佳)

ルソンバンの大奇術 (福音館創作童話シリーズ)

ルソンバンの大奇術 (福音館創作童話シリーズ)

本とはいったい何なのか。そんな難問においそれと答えることはできませんが、少なくともこの『ルソンバンの大奇術』という本の正体は予想がつきます。この本は劇場です。その証拠に、カバーが舞台の幕になっています。
物語の冒頭は、主人公の奇術師ルソンバンの朝食の場面です。目玉焼きを食べて黄身をヒゲにつけるところから始まる彼の一日の幕開けをたっぷりと記述し、主演俳優を印象づけます。
ルソンバンは雲をつかみ取ったり指先から星を出したりすることを得意とする奇術師で、かつては立派な劇場の花形スターでした。しかし奇術の失敗で劇場を全焼させてから落ちぶれてしまい、いまでは細々とした仕事で食いつないでいます。没落したスターの話なので、作中にはいい具合の悲哀が漂っています。

「マジシャンにとっては、ほんとうがウソでウソがほんとうなんだ」
(p62)

ルソンバンは川岸でひとりの男の子と1匹の犬と知り合います。男の子から「ウソでほんとうの名前をつけて」と依頼されたルソンバンは、〈テレピン〉と〈ペレ〉という奇怪な名前を与えます。これは芸名をつけるということにほかなりません。こうして彼の周囲は虚構化されていきます。
そして、再起をかけるクライマックスの奇術の場面、空白からイラストへあざやかに連携するみごとなデザインがなされています。いや、これはデザインというより演出であるというべきでしょう。
見世物としての本の楽しさを再認識させてくれる作品です。