『きつねの橋』(久保田香里)

後に頼光四天王のひとりとなる平貞道の若者時代を描いた歴史ファンタジー元服したばかりで一刻も早く手柄を立てたい貞道は、人を化かすきつねと対決することになります。その葉月というきつねは陰陽師賀茂保憲の封印で都に入れないようにされていましたが、貞道とともに橋を渡ったことで封印が解けてしまいます。その縁で葉月と貞道に交流が生まれます。葉月は幼い斎院の姫君に献身的に仕えていて、姫君の方も葉月を「きれいなしっぽの、わたしのたいせつなきつね」として姉のように慕っていました。後ろ盾になる母親が病気で賀茂の祭のための扇を用意できないことを不憫に思った葉月は、貞道に扇の調達を依頼します。
賀茂保憲やら若き日の藤原道長やら、平安のスターがたくさん出てきてにぎやかです。当時の最強盗賊袴垂と貞道の因縁も物語を盛り上げてくれます。
この作品の主人公の役割は明白で、タイトルにあるように「橋」、境界の橋渡しをする能力を持っています。葉月に結界を越えさせたことが第一の仕事。あるいは藤原兼家の五の君の肝試しの手助けをしたりもします。肝試しの舞台は宮中の異界宴の松原。こんなところに異界があるとなると、はたして境界の存在は確かなものなのかということにも疑問が浮上してきます。貞道は主人公としての能力と若さゆえの無知無謀さを武器に、霊的な境界も人間関係の境界も突破していきます。
物語の主軸は、葉月と斎院の姫君の異種間百合です。相手は異種であり斎院でもあるというハードルの高さに葉月は身を引こうとします。そんな葉月を力強く応援する貞道の姿には、これこそヒーローであるという貫禄がありました。