- 作者:フランシス・ハーディング
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2019/01/21
- メディア: 単行本
- 作者:ジェイソン・レナルズ
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/08/20
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
東京創元社と早川書房は児童書専門の出版社ではありませんが、ファンタジーやミステリを中心に良質な児童文学やYAを翻訳してくれることで知られています。東京創元社は2020年もフランシス・ハーディング作品を刊行予定、2020年から早川書房が新たに児童向けの叢書を刊行することも発表されました。ますますこの2社から目が離せなくなりました。日本の新人の作品で最も印象に残ったのは、『あの子の秘密』でした。イマジナリーフレンドを持つことや他人の心を読めることなど、秘密を抱えた女子たちの関係性を美しく描いています。文体の操作の技巧や構成のうまさが新人離れしていて、そこかしこにたくらみが感じられます。読了後すぐに、もう1周して真相を確かめたくなるような仕掛けも施されています。孫と祖父の関係を描いたこれも、児童文学の王道をいく作品です。語り手の男子の年齢が上がるたびに世界を見る解像度が上がっていき、ささやかなエピソードの積み重ねが人生の豊かさを感じさせてくれます。中学生になりボーイソプラノの歌い手としての死を迎えようとしている現代の少年と、天正時代にローマへと旅立つことになる美声の少年、全く異なる境遇の子どもたちが「声」を通してつながる物語です。あえて「」を外し文中の「声」の位相を混乱させることで、その神秘性が探られます。テクノロジーと幻想性を混在させる手練れの技が披露されいるのが、『境い目なしの世界』。スマートフォンを持ったことから境界のない世界の恐ろしさを知る女子の物語です。テクノロジー批判ではなく、この世界にはそもそも境界はないのだということをマジックリアリズムの手法で描いています。境界のない世界は怖いので、人は人為的に境界をつくり異物を排除しようとします。そんな境界をぶち壊すさまを爽快に描いたのが、頼光四天王の平貞道の若者時代の物語『きつねの橋』です。後ろ盾のない斎院の姫君に献身的に仕える女狐を手助けし、霊的な境界も人間関係の境界も突破していく貞道は、2019年の児童文学でもっともかっこいい主人公でした。排除される者を妖怪として描くのは、児童文学ではよくみられる手法です。奇怪な妖怪アイテムを駆使して子どもたちの「やわらかな心」を奪おうと企む自称新任養護教諭の妖怪奇野妖乃の物語「あやしの保健室」シリーズは、この3巻で学校から排除された者の復讐戦としての側面をみせてきました。ただし、その復讐は思いがけないかたちで果たされます。好きな人から「半径10メートル以内に近よるな」と言われて川に落ちて死んだ子が妖怪化したというユーレミの設定は、笑うに笑えない陰惨さを持っています。その一方でこの作品は、LとかGとかだけではくくれない多様な愛のあり方を描く先駆性も持っています。リアリズムの形式で多様性を描いたのは、梨屋アリエの『きみの存在を意識する』。ディスレクシアなどみえにくい困難を抱える子どもたちの群像を描いたた連作短編集で、その困難自体をなかったことにされかねない人々の言葉を血のインクで記述し、その存在を力強くも繊細に刻み込んでいます。