2019年の児童文学

カッコーの歌

カッコーの歌

邦訳第1作『嘘の木』によって瞬く間に人気作家になったフランシス・ハーディングの邦訳第2作が登場。児童文学の王道、四姉妹の物語ですが、実姉妹とチェンジリングの偽姉妹、義姉になるはずだった女性と複雑な属性が混じっています。そして、ハサミ男をはじめとしてさまざまな怪人や怪物が入り乱れる絢爛豪華な冒険ファンタジーとなります。邦訳第1作『嘘の木』がダーウィン以前の迷妄を打ち払い世界を理性の光で照らす話だったのに対し、『カッコーの歌』は物語の闇を重視していることにも注目する必要があります。
エレベーター

エレベーター

エドガー賞ヤングアダルト部門受賞作の『エレベーター』は、暴力が日常になっている世界を詩のような文体で描いた作品です。殺された兄の復讐のために銃を持ち出した少年がアパート8階の自宅からエレベーターで1階に降りるまでの短い時間の物語ですが、そのなかで亡霊たちと邂逅し重苦しい拷問のような時間が流れていきます。
東京創元社早川書房は児童書専門の出版社ではありませんが、ファンタジーやミステリを中心に良質な児童文学やYAを翻訳してくれることで知られています。東京創元社は2020年もフランシス・ハーディング作品を刊行予定、2020年から早川書房が新たに児童向けの叢書を刊行することも発表されました。ますますこの2社から目が離せなくなりました。
あの子の秘密 (フレーベル館 文学の森)

あの子の秘密 (フレーベル館 文学の森)

日本の新人の作品で最も印象に残ったのは、『あの子の秘密』でした。イマジナリーフレンドを持つことや他人の心を読めることなど、秘密を抱えた女子たちの関係性を美しく描いています。文体の操作の技巧や構成のうまさが新人離れしていて、そこかしこにたくらみが感じられます。読了後すぐに、もう1周して真相を確かめたくなるような仕掛けも施されています。
徳治郎とボク

徳治郎とボク

孫と祖父の関係を描いたこれも、児童文学の王道をいく作品です。語り手の男子の年齢が上がるたびに世界を見る解像度が上がっていき、ささやかなエピソードの積み重ねが人生の豊かさを感じさせてくれます。
その声は、長い旅をした

その声は、長い旅をした

中学生になりボーイソプラノの歌い手としての死を迎えようとしている現代の少年と、天正時代にローマへと旅立つことになる美声の少年、全く異なる境遇の子どもたちが「声」を通してつながる物語です。あえて「」を外し文中の「声」の位相を混乱させることで、その神秘性が探られます。
境い目なしの世界

境い目なしの世界

テクノロジーと幻想性を混在させる手練れの技が披露されいるのが、『境い目なしの世界』。スマートフォンを持ったことから境界のない世界の恐ろしさを知る女子の物語です。テクノロジー批判ではなく、この世界にはそもそも境界はないのだということをマジックリアリズムの手法で描いています。
きつねの橋

きつねの橋

境界のない世界は怖いので、人は人為的に境界をつくり異物を排除しようとします。そんな境界をぶち壊すさまを爽快に描いたのが、頼光四天王の平貞道の若者時代の物語『きつねの橋』です。後ろ盾のない斎院の姫君に献身的に仕える女狐を手助けし、霊的な境界も人間関係の境界も突破していく貞道は、2019年の児童文学でもっともかっこいい主人公でした。
あやしの保健室 3 学校のジバクレイ

あやしの保健室 3 学校のジバクレイ

排除される者を妖怪として描くのは、児童文学ではよくみられる手法です。奇怪な妖怪アイテムを駆使して子どもたちの「やわらかな心」を奪おうと企む自称新任養護教諭の妖怪奇野妖乃の物語「あやしの保健室」シリーズは、この3巻で学校から排除された者の復讐戦としての側面をみせてきました。ただし、その復讐は思いがけないかたちで果たされます。
失恋妖怪ユーレミはフラれ女子の味方です! (角川つばさ文庫)

失恋妖怪ユーレミはフラれ女子の味方です! (角川つばさ文庫)

好きな人から「半径10メートル以内に近よるな」と言われて川に落ちて死んだ子が妖怪化したというユーレミの設定は、笑うに笑えない陰惨さを持っています。その一方でこの作品は、LとかGとかだけではくくれない多様な愛のあり方を描く先駆性も持っています。
きみの存在を意識する (teens’best selection)

きみの存在を意識する (teens’best selection)

リアリズムの形式で多様性を描いたのは、梨屋アリエの『きみの存在を意識する』。ディスレクシアなどみえにくい困難を抱える子どもたちの群像を描いたた連作短編集で、その困難自体をなかったことにされかねない人々の言葉を血のインクで記述し、その存在を力強くも繊細に刻み込んでいます。