『お金たちの愛と冒険』(小手鞠るい)

お金というテーマが大々的に打ち出されている作品ですが、注目すべきなのは小手鞠るいのくせ者っぷりがいかんなく発揮されている点です。
「作者の気持ちを答えさせる問題は無意味だ」という言説が、国語教育を批判する文脈でよく聞かれます。しかし国語の授業で作者の気持ちが問われることはまずないので、実は批判者が義務教育時代から全く勉強をしていなかったのだということが露呈されるというのが、いつものオチです。この作品の笑えるところは、「編集者の注文ウゼー」とか「自分の仕事時給換算するといくらになるんだろう」とか、原稿に取り組んでいるときの作者の気持ちが本当に描かれているところです。
お菓子職人になることを夢みる金太と、書店を開くことを夢みているあかねの物語です。そのひとつ上の階層に、金太とあかねの物語を書いている金森吹雪という作家*1が存在してます。吹雪は「うそをつくのが作家の仕事」だと言い、この企画は編集者から指示されたもので本人はそれほど乗り気ではないということも明かしています。これは読者に対して、この作品も作中作も疑えと目配せしているようなものです。
吹雪は男子の金太にはあまり心配をしていないのに、女子のあかねにはあれこれ心配して世話を焼こうするパターナリズムをみせます。さらになぜか、女子にだけはなんとしても恋愛をさせなければならないと意気込みます。作中の作家はそういったジェンダー観の持ち主として設定されています。
そういうひねくれ方をしているので、作中の浮ついたお金礼賛の言辞には、自然と疑いの目を向けたくなってしまいます。
この作品を読んだ子どもにひとつだけ助言をしておくならば、「お金を増やしてあげる」と言ってお金をせびるやつはたいていおうまさんとかに会いに行くものだということは付け加えておきたいです。

*1:この作家は海外の森のなかに住んでいるという設定なので、著者の「小手鞠るい」を想起させるというメタ構造も持っている。