『1話10分 恋愛文庫』(宮下恵茉/編)

宮下恵茉編の、恋とスイーツをテーマにしたアンソロジー。基本的にベタな展開を手堅く甘々に仕上げている作品が多く、それゆえ作家陣の力量の高さがうかがわれます。
個人的にうれしかったのは、秋木真が参加していたことです。初期の秋木真は当時の男性作家としては珍しく、苦さと甘さの同居したしっとりとした片思い小説の短編を発表していました。ようやく時代が秋木真に追いついたという感じがします。しかしこの執筆陣のなかではもう秋木真もキャリアが長い方になっていて、時の流れの早さに愕然としてしまいます。
いまの時代の児童向け恋愛アンソロジーであれば、多様性への目配りがあることはもはや驚くべきことではありません。あさばみゆきの「あまい宝石」は女子に恋する女子の物語です。宝石を食べる女の子という美的なイメージでつかみ、近寄りがたい神秘的な美少女が実は……というギャップで魅せるお約束がうまくキマっています。
天川栄人の「魔法使いとキャンディボンボン」は、見習い魔法使いの女子が王子の依頼で惚れ薬を作る話。事故で兄弟子が魔法のキャンディを食べてしまいますが、全く効き目がありませんでした。惚れ薬が効かない理由はベタなやつで、兄弟子のアレにキュンキュンしてしまいます。ただ気になるのは、おそらく意図的に王子の想い人が女性であると確定できない書き方をしているところです。
ベタな作品が多いなかで、尖った作家性を発揮していた人が三名ほどいました。宮下恵茉の「恋するドーナツ」は、疎遠になっていた幼なじみと思いがけず再会する話。現実のままならなさを投げ出す作風の作家らしく、苦みが突出した作品でした。
恋愛の暗黒面に踏みこんだのが、石川宏千花の「プリンはそんなに甘くない」。ここでは、恋愛上の好き嫌いはまず生理的に受け入れることができるかどうかが先行しているとされています。それゆえ、理屈は後付けでなされます。主人公の最後の予想には、ほとんど根拠がありません。その根拠に乏しい選択ゆえに主人公が不幸になる可能性も示唆しているところに、石川宏千花の曲者っぷりが表れています。
センスの先鋭性をどうやっても隠すことができないのが、令丈ヒロ子です。「コンビニ王子のいちごさん」は、ピンク色のストライプのシャツの制服が似合うコンビニ店員のお兄さんに恋をしてしまった女子の物語です。ピンク色とコンビニは令丈作品の定番ですし、さらに令丈作品でおなじみの人外姉妹百合も仕込まれています。いちごミルク色のガイコツなんていう不気味かわいい物体は、令丈ワールドならでは。その独特の美的センスには脱帽するしかありません。