「晴れた日は図書館へいこう」(緑川聖司)

晴れた日は図書館へいこう (文学の森)
晴れた日は図書館へいこう (文学の森)」(緑川聖司)
 図書館ミステリ、今になって思えばなぜ今までこのテーマの児童文学がなかったのかが不思議になります。児童文学を愛する人の大部分は図書館マニアでしょうから。実際本好きな子供はよっぽどお金持ちの子でない限り図書館にはお世話になっているはずです。
 利用者にはなかなかわからない図書館の問題、苦労などが紹介されていて図書館初心者にはおもしろいかと思います(本来の読者対象はほとんどが図書館ビギナーですが)。図書館という場所はいろいろと誤解を受けやすいところでもあるので、啓蒙の意味でも有意義だと思います。でもわたしも図書館を愛する人間の一人であるがゆえ、首を傾げざるを得ないような場面もありました。
 まず第一話は問題ありません。いい暗号ものですし〔→ネタバレ*1〕、普通に美談になっています。
 でも、60年延滞事件やブックポストに水をぶちまけ事件を無理に美談にすることはないでしょう。延滞問題にしてもブックポストへのいたずらにしてもどの図書館も頭を抱えている問題のはずです。ブックポストに水をぶちまけ事件は、フーダニットとホワイダニットが肝になっていますが、そんなくだらない動機でこんな大それた犯行をするとは〔→ネタバレ*2〕理解できません。ブックポストに水をぶちまけて本を破損するなんて人を殺すのと同じくらい重大な悪事です。
 それに、主人公のしおりが図書館は利用者のプライバシーを守ると言った舌の根も乾かないうちに他人の読書の秘密をバラしてしまったのにも違和感を感じます。司書が利用者の読書の秘密を守るのは職務上当然のことです。しかし民間人だったら他人の読書の秘密をペラペラしゃべってよいということにはなりません。この話を読んだ子供が読書の秘密の重大さを学べるか疑問です。
 もうひとつ、些末な点ですが、一階に小説を置いて二階に小説以外の本*3を置く図書館って変じゃありませんか。子供の立場になれば、わざわざ階移動をしないと9類以外の本を読めないというのはめんどくさいでしょう。手間をかけさせて子供を本嫌いにさせたいのか?児童書は児童書で隔離するのが一般的な図書館のスタイルだし、そっちのほうが便利だと思います。新刊コーナーや返却本のコーナーも階ごとにわかれているのでしょうか。不便なことこの上ありません。
 図書館の抱える問題をあぶり出してはいますが、ちょっと外しているような印象を受けます。現場で苦労している司書さんがこの作品をどう思うか意見を聞いてみたいです。まじめに図書館問題をやるなら社会派になってしまいます。次回作は変な美談に逃げないで、真っ正面から図書館問題に取り組んでもらいたいです。例えば警察が利用者の貸し出し状況を問い合わせてきたとき司書の美弥子さんならどうするか、富山県立近代美術館富山県立図書館事件のような表現の自由に対する弾圧事件があったらどうするのか。これだと政治的すぎますから、他に多くの図書館が苦労しているデリケートな問題として浮浪者対策とか。こう考えると図書館をテーマにするのって結構難しそうですね。でも他にやる人の少ないテーマですから、緑川聖司には今後も期待したいです。なんか文句ばかりつけてしまいましたが、これも作品と図書館に対する愛ゆえなので、そこのところは誤解のないよう……。

*1:しかし「たちのかな」という名前はうまくつけました。これならいくらでもタイトルを作れますね。ひょっとするとこの展開を見越して名前を付けたのか?深慮遠謀がすぎます。本当は作者が考えたわけですけど。

*2:好きな女の子が本を水に濡らしてしまったため、それを隠蔽するためにブックポストに水をかけました。情状酌量の余地無し、量刑は終身刑あたりが妥当かと思います。

*3:小説以外の本を「実用書」とひとくくりにしているのもどうかと思いますが。小説に限らず本の九割は実用的ではないと思います。