「ルチアさん」(高楼方子)

ルチアさん
ルチアさん」(高楼方子
 たそがれ屋敷に住む少女スゥとルゥルゥは、新しくきたお手伝いさんのルチアさんの体が水色に発光していることを発見します。二人はルチアさんの光の色が、船乗りのお父さんからもらった水色の玉に似ていることに気づきます。そしてルチアさんがその玉と同じものを飲み込んだことがあるのではないかと想像します。ルチアさんの謎を探るために二人は彼女を尾行するのですが……。
 高楼方子作品に共通するテーマを一言でいうなら「憧れ」でしょう。児童文学史に燦然と輝く異形の楽園「茉莉花の園」(「時計坂の家」より)を描いた高楼方子ですから、このテーマでなら読者の胸をしめつける傑作を書くことなどお手のものです。
(以下枠内ネタバレ)

 ふたりはルチアさんの娘ボビーと出会います。ボビーはルチアさんが水色の玉のようなものを飲んでいると嘘を教えます。ところが三人でのぞき見したところ、本当にルチアさんが水色の実を飲んでいるところを目撃してしまいました。二人はボビーに水色の玉を預け、ルチアさんの飲んでいた玉と同じものか確かめるように依頼します。ところがボビーは玉を返しに現れません。ルチアさんもいつの間にか仕事を辞めてたそがれ屋敷を去り、長い時が流れます。もうスゥとルゥルゥが大人になってしまってから、ボビーは学校の教頭先生になったスゥの元に訪れ、真相を語ります。
 水色の玉、そして発光するルチアさんは二人にとって「憧れ」の象徴でした。ところが、この作品では、どうということもないまま時が過ぎてしまい、スゥは水色の玉のことを忘れてしまいます。なかなか思い切った展開です。ボビーから水色の実の正体は、ルチアさんのおじが育てた、どこか遠いところでとれた植物のものだったことが明かされます。ルチアさんは亡くなる前ボビーにその実について「どこか遠くのきらきらしたところがそのままおなかに入ってくるよう」と述懐しました。ところでルチアさんの叔父はその実を食べたことによって亡くなっていました。それにもかかわらずルチアさんはその実を食べてみようと思い実行したのです。これです。「憧れ」のものは必ず毒を含んでいるのです。スゥとルゥルゥも、水色の玉を飲んだら「窒息してしまう」と想像します。この「窒息」という言葉がとても甘美なものに見えてしまいます。あの恐ろしくも美しい「茉莉花の園」の秘密を思い出さずに入られません。
 もうひとつ「どこか遠くのきらきらしたところ」の恐ろしい性質があります。それは人を選別すると言うことです。ルチアさん、そして船乗りの父や旅人になったルゥルゥは「どこか遠くのきらきらしたところ」に近づく資格を持った人間です。でも、実を飲んで死んでしまったルチアさんのおじやすべてを忘却してしまったスゥは「どこか遠くのきらきらしたところ」に拒絶されています。
 人は「憧れ」にどれだけ近づくことが許されるのか。長い時を経てあのときの「憧れ」を思い出したスゥの姿に言いようのない切なさを感じました。