「青い目のバンチョウ」(山中恒)

青い目のバンチョウ (偕成社文庫 3007)

青い目のバンチョウ (偕成社文庫 3007)

 山中恒の代表作のひとつであるとともに、現代児童文学を語る上で欠かせない作品でもあります。
 どっからどう見ても白人なのに、心性は日本人であるデンベエというキャラクターを作った時点で、この作品の勝ちは決まったようなものです。英語は全く使えず、べらんめえ調の日本語を母語とし、デエク(大工)の父親を誇りにしているお調子者の少年。このトリックスターの出現により、人々の偏見や差別、欧米コンプレックスがあぶり出される仕組みになっています。しかも、デンベエの設定の特性上、真っ正面から問題を糾弾する形にはならず、やや斜に構えた皮肉めいた視点から問題を眺めることが可能になります。そこでエンターテインメント性とテーマ性の見事な融合が実現されています。
 初出は1964年から1965年の「日本の子ども」という雑誌です。ということはもう40年前の作品いうことになります。それを考えると、この時代から現代まで全く進歩がないことがわかって泣けてきます。日本人の差別意識、欧米コンプレックス、英語コンプレックスは相変わらず健在です。アメリカ人も変わっていませんね。不幸な人をほっとかないところがアメリカ人のいいところだというマードック氏の発言に対してデンベエは「へええ、そういうわけでアメリカはベトナムへ大砲をうつってわけか」と揶揄します。ベトナムイラク、大砲を劣化ウラン弾にかえれば、21世紀になっても同じ事をしていることがわかります。

漫画版「青い目のバンチョウ」

 この「青い目のバンチョウ」がある超大物ギャグ漫画家によって漫画化されていることをご存じでしょうか?なんと赤塚不二夫が漫画化しているのです。原作を読んだ赤塚が惚れ込んで山中に漫画化を申し出、快諾されたそうです。戦後を代表する漫画家と児童読物作家がこんな出会いをしていたとは感動的です。もしこの漫画版が売れていたら、赤塚版の「あばれはっちゃく」なんかが実現していたかも……妄想がふくらんでしまいます。
 デンベエはもーれつア太郎を金髪碧眼にしておめめをぱっちりさせたような顔。不良役に目ん玉つながりのおまわりさん、押し売り役にベラマッチャが登場しています。これが原作の世界に見事にあっていて、最初から赤塚不二夫原作の漫画だといわれても全く違和感なく信じてしまうくらいです。赤塚不二夫はこういったコテコテの人情ものも得意ですから。金髪碧眼の少年がべらんめえ調でまくし立てるおかしさもビジュアルで見せた方が迫力が出るので非常に漫画向きです。
  内容は枚数の都合でややダイジェストにはなっていますが、原作を忠実に漫画化しています。むしろ漫画から入った人は、これが児童書の原作ものだということにおどろいてしまうかもしれません。マードック氏がいきなり銃を突きつける場面なんかも、漫画の誇張ではなく原作にちゃんとある場面ですから。それだけ原作が読者を楽しませることに徹した作品だということなのでしょう。その意味では漫画にひけを取っていません。
  残念なことにこの作品は単行本に収録されていないので、非常に入手難です。初出の少年サンデーを除くと、DVD−ROM版の「赤塚不二夫漫画大全集」でしか読むことはできません。