「いるるは走る」(大塚篤子)

いるるは走る (文学の森)

いるるは走る (文学の森)

 天保時代、伊勢の国桑名に暮らす少女いるるが主人公。彼女の両親はお役がえのため越後の国の柏崎で生活しています。いるるのおとっさとおじいさはお互いの様子を知るため交換日記をし、親戚や同じように家族がお役替えに出ている近所の人を集め、「日記読み」というイベントをしています。
 「桑名日記」「柏崎日記」という実際する交換日記がこの作品のモデルになっています。交換日記が離れて暮らす人々を結びつけるメディアになっていたというのは興味深いです。本作はこの日記をもとに、実に生き生きと当時を生きる人の姿を再現しています。
 神隠し、子取りと称される子供の失踪事件が何度もモチーフにされています。実際は性犯罪がらみだったりする陰惨な事件なのかもしれませんが、子供はこういうあぶないものに非日常を感じて興味を持ったりするものです。子供の感性に寄り添ってちょっとした日常と非日常の境を見せているところが本作の魅力だと思います。
 ラストのいるるが走る場面は秀逸。たかぶった感情がどうしようもなくなったとき、意味もなく走ってみたりしてしまう。この気持ちはよくわかります。
 地味ながら大変な良作です。本年の重要な収穫のひとつだといえましょう。