- 作者: 福永令三,三木由記子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1988/12/10
- メディア: 文庫
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私的クレヨン王国最高傑作「黒の銀行」。もう10回以上繰り返し読んでいますが、これだけは何度読んでもおもしろい。登場人物も生き生きしていて非常に魅力的です。クレヨン王国のベストコンビを選ぶとすれば、アラエッサ・ストンストンでもなく、ルカ・モニカでもなく、美穂と彰子ちゃんを選びます。
中学一年生の美穂と銀行員の彰子ちゃんは、山奥に住んでいるおじいちゃんを訪ねて車をとばします。ところが途中で、銀行強盗に車を奪われてしまいます。山の中でクレヨン王国の黒の銀行に迷い込んだ二人は、黒いものなら何でも引き出せるキャッシュカードを手に入れます。ふたりは早速黒い馬を出してもらって、おじいちゃんの元に急ぎますが……。
黒の銀行で引き出せる額には限度があります。手持ちの100ブラックを使っていかに銀行強盗と戦うかが読者の興味になります。ところがこのふたり、豪快に無駄遣いしてくれます。見ている読者の方がはらはらしてしまう。でも消費されるすべての黒は、物語の構成上不可欠なものになっています。黒の銀行という常人には考えられない発想を、これ以上ないくらい的確に処理しています。最後に無駄遣いのしすぎで黒をおろせなくなってしまった時の対処法も、ちゃんと前半で伏線が張られている。だから問題が解決した時のカタルシスは絶大なものになります。
おじいちゃんはダム建設予定の山を守っているという設定もあって、いつものエコ色はあります。でも今回は大上段からのお説教になっていないので抵抗がありません。ホタルの美しさで自然の大切さを説かれるのなら素直に納得できます。この山中でホタルを観賞する場面の描写の美しさは群を抜いています。美穂がホタルの大群を従えるようにして現れる場面など戦慄ものです。
じつはこの美しい場面の背後で、美穂はホタルを調達するためにこっそり黒の銀行で無駄遣いをしていました。このギャップもまた愉快です。
結局思いがけない出来事が起こり、ダムは建設中止になって物語はめでたく幕を閉じます。これもご都合主義的ですが、前半に見事に伏線が張られています。スピード感のある展開と計算され尽くされた伏線によって、完璧に物語を収束させている。この作品は本当に神がかってます。まさにエンターテインメントのお手本です。
名言集
会話のおもしろさはクレヨン王国シリーズの持ち味の一つです。本作でも例に漏れず、というかいつも以上に、軽快でテンポのいい会話で楽しませてくれます。銀行強盗の脅威で緊迫しているはずなのに、この会話のおかげで全然暗くならないのがすごい。
「度胸、あいきょう、すっとんきょう、オオッ」
逆境を笑い飛ばす明るさが美穂・彰子ちゃんコンビの一番の魅力です。その魅力をまったく過不足なく表している合言葉がこれ。
「でも、ほんとうのものだってきえてしまうじゃないですか、用がすんだら」
「あなただって、やっぱりきえますよ。いまは、そんなにかわいいけれど」
時間がたったら黒馬が消えてしまうということを聞いて、確認の質問をした美穂に銀行員が言う言葉。さりげなくこわいことを言ってくれます。これがあるからクレヨン王国は侮れません。
がんばって がんばって
左の足の小指さん
車を奪われ山中をさまよう場面で彰子ちゃんが歌う詩。あまり顧みられることのない左足の小指に注目できる作者の愛情に脱帽です。足の指をどこかにぶつけた時はついつい心の中でこの詩をつぶやいてしまいます。