「ウロコ」(澤田徳子)

ウロコ (スピカの創作文学)

ウロコ (スピカの創作文学)

 新たな世代のトラウマ児童文学候補として大プッシュしたい作品です。ネット上の感想を見ると、だいぶ強烈な印象を与えられた人もいるようです。1994年の作品ですから、もう少し寝かせるとトラウマ本として再発見する人が増えるはずだと思います。
 内容はとにかく残酷で鬼畜です。過去未来現在のいろんな舞台で、民話調のものやSF調のものなど、様々な趣向の五編の短編が収められています。
 舞台が時空を超えて様々に設定されていること、全ての物語に竜のうろこという共通したモチーフが登場すること、作品世界の冷酷さなどが、手塚治虫の「火の鳥」を髣髴とさせます。
 一作ずつ簡単な紹介をします。

竜を見た

 舞台はおそらく昔の中国です。白蓉という若者がある日山中で竜を見ます。竜の存在に圧倒され、彼は再び竜に会うことを熱望します。滝登りをした鯉が竜になるという話を聞いた白蓉は、丈夫な鯉を育て、滝登りをさせようとしますが……。
 憧れにとりつかれることによる悲劇。どうしようもない人間の業が描かれています。非常に完成度の高い寓話です。
 ちなみに人死にがでないのは五編中この話だけです。

再会

 人類が宇宙に進出した未来が舞台。主人公のロトは少年時代、植民星で開拓民達に愛されて育ちました。ところが開拓が失敗したため、開拓民達は星を捨てて宇宙船で旅立つことになりました。その宇宙船が故障し、ロトはたった一つの脱出用ロケットに乗せられ、ひとり生き残ります。
 それから12年後、ロトは救いようのない悪党に転落し、麻薬を売って生活していました。そんななか、ロトをはじめ多くの人々が住んでいる中央宇宙ステーションも故障してしまい、脱出手段をめぐって醜い争いが起こりました。
 悪人が最後の最後で仏心を出す話。因果が巡り、きれいな美談になっています。しかし、麻薬に頼らなければやっていけないような宇宙の孤独や厳しさがこれでもかと描かれており、身も凍るような怖さがあります。

仮面王女

 西洋童話の世界が舞台。悪い魔女が王様をたぶらかして国を乗っ取ります。容貌が醜いため常に仮面を付けて生きている王女セレナは濡れ衣を着せられ魔女によって追放されます。
 お姫様が自分の力で運命を切り開いていく話。これも陰惨なんですが、この本の中では薄目に思えてしまいます。

不帰山物語

 これは日本の民話の世界の話です。おそらくこの本の中で一番ひどい話だと思います。
 六本指で生まれてきた少女さよは、陰湿な差別を受け、あげくに長者の娘の身代わりとして鬼の生け贄にされてしまいます。しかし鬼は村の人間よりさよに親切にしてくれ、二人でしばし幸せな生活を送ります。ところがなまじさよに機織りの才能があったため、ほっといてもらえませんでした。帝に献上する機を織らせるため、都から来た若者がさよを捕らえに来ます。鬼を人質に取られたさよは懸命に機を織りますが、結局はふたりとも無惨に殺されてしまいます。
 天罰だかなんだかわかりませんが、最後は大水が出て山火事が起きて大惨事になります。善玉も悪玉もみーんな死んでしまいます。ええと、「皆殺しの澤田」って呼んでいいですか。
 とにかくさよと鬼に対する人々の悪意、迫害が生々しく描写されています。その中でふたりの絆が感動的に描かれているので、ますます話が鬱になります。これは子供に読ませたら絶対トラウマになると思います。

神竜

 画家の荻原征二と後藤周平は、重要なパビリオンの南門、北門の壁画の作成を依頼されます。ふたりのうち優れた絵を書いた方が表門である南門を担当することなります。荻原はなんとか南門に描く権利を得ようと画策しますが、画家としての力量は明らかに後藤が勝っていました。才能の差に絶望した荻原は、とうとう手段を選ばなくなり……。
 第一話と対になっているような、ひとつの物事にとらわれた人間の業の物語です。しかし今度は競争相手が出てくるため、話が立体的になっています。荻原の自分の才能のなさに対する絶望、そして才能を持つものに対する嫉妬。それが極限まで高じて、ついには世界の破滅を望むまでの憎しみに発展します。しかしその荒々しい嫉妬パワーも、天才の後藤の前であっけなく潰えてしまいます。
 後藤には何の落ち度もありませんが、つい荻原に肩入れしたくなってしまいます。荻原の弱さは子供を殺すこともいとわないくらい罪深いものになってしまいましたが、その弱さこそ人間の本質だったりするので、なかなか否定できません。弱さから悪の道に走ってしまう人間の悲しさに共感させられてしまいます。