「人食いバラ」(西条八十)

 唐沢俊一による少女小説復刻企画「少女少説傑作選カラサワ・コレクション」の一冊です。童謡の作詞で有名な西條八十が書いたトンデモ少女小説唐沢俊一が発掘してくれました。
 毛糸売りのみなしご英子は、七草の晩に突然向井元男爵のお屋敷に連れ込まれます。そこで向井男爵は、英子に全財産を譲るというとんでもない申し出をします。英子は男爵の申し出を受けますが、そこへ男爵のたったひとりの姪っ子、春美が現れます。もちろん春美が英子を快く思うわけがなく、挨拶代わりに車で英子をひき殺そうとします*1。失敗すると今度は、病院からハンニバル・レクターみたいな異常犯罪者の馬屋原博士というのを脱走させ、英子をねらわせます。春美は「わたしは天の使いです。」といって、悪魔が見える妄想にとりつかれた博士を簡単に手なずけてしまいます。
 なんといっても春美のはっちゃけた悪役っぷりがこの作品の見所です。春美は小動物を殺す悪い癖があって、周囲から心配されていました。こんな具合。

春美がしゃがんでいる石の横には、小さな穴があいており、そこには、アリがぞろぞろと出たり入ったりしていました。そのアリの行列を、春美はさっきから手に持った石で、せっせとたたきつぶしているのでした。
「あら、わたし知らないでやっていたわ。ねえ、ママ、わたしはどうしてこう生きものを見るとすぐ殺したくなるのでしょう」

 無心にアリを殺す春美の姿にほれぼれしてしまいます。
 さらに特筆すべきはつっこみどころ満載のラストのどんでん返しです。以下ネタバレ。


 種明かしの場面のせりふを引用します。

ぼくたちは、かりに向井元男爵家の財産を、見も知らぬ英子さんにゆずり、わざと春美さんをおこらせるつもりでした。そしておこった春美さんがなにをするかを見とどけ、春美さんのくわだてる悪い計画を、じゅんじゅんにうちこわしていくことによって、うまれつき春美さんが持っている悪い病気をなおそうとしたのです。英子さんのおかげで、ぼくたちは、とうとうきょう春美さんをすっかりこうかいさせ、わるい病気の根をのこらずとることができました。

 どこからつっこんだもんだか。かわいそうな英子さんは、そんなことのために五回も殺されかけたんですか。みなしごだからってそんな危険な目にあわせていいのか?
 さらに不思議なのは、なんの根拠があって春美の病気が治ったとみなさんが確信しているかわからないことです。いや、その前に春美はすでに色々やらかしているんだから、警察のご厄介になって罪を償うべきでは?
 英子が全部もらうはずだった財産が、いつの間にか春美と半分こということになっているし。約束がちがうじゃん。
 いや、つっこみどころの多い作品はすばらしいですね。しかしこの作品、つっこみどころだけが楽しみではありません。息をつかせぬ展開で物語の醍醐味を味わわせてくれる快作でもあります。西條八十は天才だとしか言いようがありません。

*1:春美は17歳なので無免許運転