「夏の洞窟」(荒川じんぺい)

夏の洞窟 (くもんの児童文学)

夏の洞窟 (くもんの児童文学)

 小学生最後の夏休みに、森の奥の洞窟探検を決行した三人組竜也と武士と美穂の物語です。かれらは縄文時代にタイムスリップしてしまいます。
 全体的には懐古趣味的なアウトドア指向のふつうに面白い冒険物語でしたが、一つだけきわどいテーマが出てきました。縄文人に連れ去られた一行はこんな意味深長なことを言われてしまいます。

今夜は、ひさしぶりに宴になるづら。おまえたちが、きたからな。おまえたちは、新しい血じゃ。

 閉鎖された縄文人の集落にとって「新しい血」という言葉が何を意味するかは明白です。女の子の美穂はむりやり縄文人の男と結婚させられそうになります。ただ牧歌的に縄文時代を懐古するのではなく、こういう現代の見地からは倫理的に見過ごせない面にも目を向けているところは面白いと思います。結局彼らは逃げ出して現代に戻ってしまったため、このテーマがあまり掘り下げられなかったことは残念です。いっそ現代には戻らせずに結婚させてしまった方が面白かったと思います。あっさり片づけてしまっているので、わたしには作者の意図を読みとることはできませんでした。
 ちょっと物足りないところもありましたが、子供の読者にそういう暗黒面の入口を垣間見せただけでも意味はあると思います。