「ポイズン」(クリス・ウッディング)

ポイズン 上 (創元ブックランド)

ポイズン 上 (創元ブックランド)

ポイズン 下 (創元ブックランド)

ポイズン 下 (創元ブックランド)

 物語を駆動させる原動力はやはり主人公にあるのだと、そんな当たり前のことをしみじみと実感させられました。そのくらいこの物語の主人公、ポイズンは魅力的でした。
 ポイズンは貧しい村に住んでいる16歳の少女。彼女は「名乗りの日」という幼名を捨て自分に新しい名を付ける成人の儀式で、義母への嫌がらせのために自ら「ポイズン(毒)」という名前を付けました。このエピソードで彼女のひねくれ具合が見事に印象づけられます。厳しい現実を変革しようとせず現状に満足して生きている大人たちをポイズンは徹底してバカにしており、自分の人生は自分で切り開いていくという決意を持っていました。これが正しい若者の姿です。とげとげしい中に実はまっすぐな思いを秘めている彼女の性質はまぶしすぎます。その上困ったことに、彼女は気を許した相手には結構甘い言葉を吐いたりするツンデレ少女でもあるのです。
 さて、事件はポイズンの妹アザリアが妖精にさらわれてしまうところから始まります。ポイズンは妹を取り戻そうと旅立ちます。作品世界には妖精やトロールなど様々な種族が登場しますが、人間はその中で一番非力な存在だという設定になっています。ポイズンは武芸に秀でているわけでも魔法が使えるわけでもない普通の少女です。まったく絶望的な戦いに見えますが、ポイズンは性格の悪さ……じゃなくてひたむきさだけを武器に、次々に与えられる無理難題をクリアしていくます。上巻はこんな燃え展開なのですが、下巻では読者を唖然とさせる仕掛けが待っています。ポイズンが自立した生き方を目指す少女であるということが、下巻の展開で生きてきます。以下ネタバレ。


支配の問題

 下巻ではポイズンたちが「導師」とやらの綴る物語の登場人物でしかないことが明かされ、いきなりメタフィクションのようになってしまいます。ポイズンの性質を考えると、自分に自由意思が無く作者の支配を受けているだけだという事実は大きなダメージになるはずです。まさにこの物語はポイズンに対する嫌がらせのために語られたようなものです。
 考えてみれば、導師の死と妖精王の死はあまりにもあまりな展開でした。主人公サイドが強敵を攻略しようと盛り上がっている時に、その敵が別のものに殺されてしまうという肩すかし。これが二回も繰り返されたら、ふつうだったら読者は怒り出します。しかしポイズンの立場になって考えるとどうでしょう。確かに倒せようにもない相手が勝手に死んでくれたのだから僥倖ではあります。しかしそのため事態はポイズンの思惑を離れ、また解決の糸口が無くなってしまう。作者は読者をバカにしているのではなく、ポイズンをおちょくっているのだと考えれば納得できます。このご都合主義は作者の支配力を誇示するためにあえてなされているものであると。 

妹を捜す旅

 さて、この物語のメインはポイズンによる妹捜しの旅です。ですから、ポイズンにとって妹はどういう存在であるかが物語を読み解く鍵になるはずです。ポイズンはこんな思いを持っていました。

彼女にとってアザレアは、家族の中でひたむきに心を寄せることのできる唯一の存在で、いずれは、妹の中に気の合う友人としての部分が生まれてくることを、妹が自分の孤独を共有してくれる仲間になってくれることを、心ひそかに期待していた。(下巻187ページ)

 ポイズンはその孤高を守る生き方のため、必然的に孤独という課題を抱えていました。その孤独をいやしてくれる存在として当時幼児であったアザレアは期待をもたれていたわけです。しかしこれはポイズンの側の勝手な期待でしかありません。結局アザレアを奪還することはかないませんでしたが、代償として妹のような存在であるペパーコーンを得ました。

あれからポイズンは、少しずつ少しずつ、ペパーコーンのお姉さん代わりを務めることになった。そして今やペパーコーンは家族同然の存在に……といっても、ポイズンはずっと両親にうとまれていたし、アザレアがどんな妹であったか本当に知らないのだから、実際のところペパーコーンは家族以上の存在といえた。ペパーコーンには面倒を見てくれる人が必要で、そこからふたりの間には、期せずして絆が生まれることになり、ポイズンがアザレアを失ったことを知ったあとは、その結びつきもいっそう強いものとなった。妹を捜す旅の中で、ポイズンははからずも別の妹を見つけたのだ。血はつながっていなくても、彼女にとってペパーコーンは本当の妹だった。アザレアを失うかわりに、ペパーコーンを得た。悪い結果ではなかったと、きっと人は思うだろう。(下巻247ページ)

 はたしてそうでしょうか。問題を整理してみます。ポイズンの知っていたアザリアは幼児でした。ポイズンは妹が対等な友人になることを望んでいるように見えますが、実は自分の思い通りにしたいだけです。そしてペパーコーンはかわいいだけがお仕事の内面の乏しい女の子です。つまり、ポイズンの望んでいた、そして手に入れた友人は対等な友人ではなかったのです。彼女は自分が支配できる人間を望んでいたのです。彼女のような人間にとって孤独を解消するにはこんな関係性がベストなのでしょうか。自立を志向する人間が自立しない人間を支えにする皮肉。孤独という問題の根深さ難しさがあらわれているように思います。
 ひるがえって、現実のアザレアはポイズンと似た性質の持ち主に成長し、同じように姉を捜す旅に出ました。この妹とならポイズンは対等な人間関係を結べるかもしれません。しかし、「孤独を共有してくれる仲間」になりうるかというと、それは難しいかもしれません。
 さて、アザレアとペパーコーンの交換は正解だったのでしょうか。すぐには結論が出せようにありません。