「フレンド  空人の森へ」(越水利江子)

 なんというかインパクトが強すぎる作品です。現役小学生の時に読んでいたら間違いなくトラウマになっていたでしょう。筋を紹介するのは難しいのですが、三編の短編が入っていて、すべてにはげしいいじめが登場します。主人公の子供はそれぞれ趣向を凝らしたアイテムが媒介になりタイムスリップをしてふしぎな体験をし、現実の世界に戻ってきます。これが単純な成長や癒しのストーリーになっていません。かえって現実の厳しさに気づかされるような話になっています。
 最終話の「フレンド」という短編を紹介します。ネタバレには配慮しません。小学五年生の青太は、いつもいじめている空人に反撃され教室の窓から転落します。病院で目を覚ました青太は、親戚と名乗るじいさんから6年間も眠っていたのだと聞かされます。じいさんは青太の両親は外国で働いていると告げ、青太を山へ連れて行き一緒に暮らします。ここまでの展開もだいぶ不条理ですが、このあとさらに予想できない展開になります。しばらく山で暮らしていた青太ですが、やがて町が恋しくなり山を下ります。そしてゲームセンターで遊んでいると不良高校生に恐喝されます。青太が頭突きを食らわすと、なんと高校生は口から血を吐いて倒れてしまいました。この場面を田島征三が迫力のありすぎるイラストにしていて、ものすごい衝撃を与えてくれます。山に逃げ帰った青太はじいさんから町の人間が怒っておまえを殺そうとしているから森に隠れろといいます。青太は警察がそんなことを許すはずがないと反論しますが、じいさんは耳を貸しません。
 森へ逃げた青太は結局街の人間に捕まり、とんでもない事実を知らされます。なんと本当の青太は窓から落ちていた時に死んでいて、自分は青太の記憶を植え付けられたロボットだというのです。街の人間はロボットだから処分するだけだといいますが、青太は自分は人間だと主張します。ここでじいさんが現れ、ロボットに心はあるのかという議論が始まります。
 すごい。急にSFになりましたよ。展開についていくのが大変です。しかも「ロボットの心」というのは生やさしいテーマではありません。じいさんはまず、どうして人間に心があるとわかるのかと問いかけます。それに対し街の人間は「おれたちは人間だ。目に見えなくたって、おたがい、こころがあることくらい知っている」と答えます。じいさんは「他人のこころが見えるのではなくて、自分のこころを、相手にそそぎこんでいるのだ。こころがあるとは、そういうことだ……」と語ります。
 相手を人間だと思えばロボットも人間になるという結論です。しかしこの理屈はひっくり返すこともできます。つまり、相手を人間だと思わなければ人間が人間でなくなるということです。本作で執拗に繰り返されたいじめの問題、さらに広げて差別の問題は、こんなところに根があるのかもしれません。
 いじめ描写のリアリティ、意表をつくストーリー展開、物語を彩る幻想的なアイテム、背景にある重厚な思想、どれをとっても非の打ち所がありません。越水利江子作品はまだ百怪寺・夜店シリーズと本作しか読んでいませんが、それだけでも底知れぬ才能と引き出しの多さを感じさせられました。これから読み進めていくのが非常に楽しみな作家です。近作の忍剣花百姫伝は燃え燃えで萌え萌えだと大評判だし、まずはそれから読んでいきましょうか。