「炭素太閤記」(西沢勇志智)

少年小説大系08

少年小説大系08

 
 横田順彌といえば言わずと知れた古典SF研究の大家ですが、古典SF児童文学に限定すれば児童文学研究の大家であると言うこともできるでしょう。そんな横田順彌の編纂によるものすごい本がこの「少年小説大系第8巻空想科学小説集」です。なにがすごいって「日本SFこてん古典」の第一回で紹介された奇書中の奇書「炭素太閤記」が読めるのです。
 「炭素太閤記」はおなじみの太閤記のストーリーをなぞりながら科学のお勉強ができる優れものの作品です。主人公が豊臣炭吉(幼名金剛石丸)で、福島酸素之助や竹中窒素之兵衛といった家来を従えています。信長の草履をあたためるおなじみのエピソードでは、炭なだけに懐炉をつかっていたことになっており、詳細に懐炉の原理について解説されています。このくらいは穏やかですが、終盤になると科学解説もインフレしてきて、高松城攻略に飛行機や毒ガスが登場します。
 そもそもなぜ炭吉が強いのかということも分子の結合をつかって科学的に説明されています。つまり炭吉は炭素だから、多様な有機物を作ることができる。で、この分子の結合を戦争の陣形になぞらえているのです。炭吉は多様な陣形を作れるから強いのだと。バカバカしいにもほどがあります。
 子供にわかりやすく科学を教えようという情熱がどういうわけかこんな脳天気な本を作り出してしまいました。筆者の意図を越えたところで面白い本ができあがってしまういい例です。
 ちなみにこの「少年小説大系第8巻」には「炭素太閤記」のほかにも注目すべき作品がたくさん収められています。若い女性が羽衣を着て月世界に旅立つという、数ある月世界旅行テーマSFのなかでも奇想天外さでは群を抜いている怪作、羽化仙史の「月世界探検」。幸田露伴による未来予測SF「番茶会談」などなど。