「ゲームの魔法」(藤野恵美)

ゲームの魔法

ゲームの魔法

 アトピーの検査のために入院した少女きなこが、同じく入院している少女紗雪とメールやオンラインゲームを通して友情を深めていくという物語です。
 この本は横書きで書かれているという大きな特徴を持っていますが、これはメールの文章やオンラインゲームでのチャットを再現するための工夫です。こういう趣向の本は一般向けの小説なら乗越たかおの 「アポクリファ」などの例がありますが、児童文学ではおそらく初の試みだと思います。単に横書きにしているだけでなく、メールやチャットの文章は書体をかえたり、チャットではゲームのキャラクターの顔を表示させたりをと、細部まで丁寧な本づくりがされています。作家や画家だけでなく、この本づくりに関わったすべての人をたたえたいです。この作品は2005年の大きな収穫の一つだといえるでしょう。
 さて、児童文学では様々な子供の居場所が描かれています。本作では病院とオンラインゲームが子供の居場所として設定されています。しかし作品内でエンデの「はてしない物語」が重要なアイテムとして登場していることからわかるように、この作品は典型的な往還物語になっています。病院もゲームもあくまで一過性の居場所であり、いつかは現実に戻ることになります。一過性の居場所で回復し現実に戻っていく活力を得るという往還物語の王道を走っていて、安心して読める良作になっています。
 もうひとつこの作品の優れている点は、病気の子供を描いた文学としてのリアリティです。作者の実体験を元にしているだけのことはあります。たとえば採血されるときにじっと針がさされるところを見ている様子とか、同じ病室の子供が咳をしているのを聞いて迷惑だと思ってしまった自分に自己嫌悪を抱く様子とか、細部のエピソードでこの人はわかっているとうならされました。わたしも小学生時代に入院したことがあるので共感できる部分が多かったです。
 入院生活が続くうちに、きなこは退院するのがいやになってきます。彼女はアトピーのことでこころない揶揄を受けることもあり、学校は決して楽しい場所ではありませんでした。この気持ちもよくわかります。入院というのは子供がプチ隠遁生活を合法的に許される唯一の方法ですから、あんまり学校が好きではない子供は居心地が良くなってしまうものです。実際は患者同士や病院職員との人間関係が発生するので完全に引きこもれるわけではありませんが。
 きなこはアトピーの体をこんな風に思っています。

この体はほんとうにバカだと思う。プログラムミスの体、故障している。バグがあるんだ、きっと。

 病気をゲームのバグに結びつけたたところがこの作品の新しさです。そして、ゲームの世界でバグによって決して倒せないことになっている敵に立ち向かっていくところが物語のクライマックスになっており、同時に体のバグである病気に立ち向かう活力を得るという感動的なラストにつながっていきます。
 さて、かたい話はおいておいて、今度は娯楽小説としてのこの作品のおもしろさにも触れたいと思います。メールやチャットが効果的にギャグとして機能しています。たとえば難病少女の紗雪はこんなメールを書いています。

今日は検査の日だったんだよー(×_×)
血もぬかれまくりでくらくらって感じです。(ToT)
緒方先生から聞いたんだけど、
きなちゃんて@pなんだって?
大変だよね。
でもまあ、命に別状のない病気だから
いいっていえばいいか。
あたしはねー、今は治療法のない難病なんです。(^o^)
でも、余命一年とかいわれつつ、だらだら生きているんだけど
(^‐^;)
そんなわけで、せっかくメル友になってくれたけど、
とちゅうで死んだらごめんね(>_<)
そいじゃあ、また〜☆

 病人ならではのブラックな自虐ギャグです。すばらしい。
 オンラインゲームではきなこは初心者なので、きなこのキャラクター五平餅太郎は短いセリフしか話すことができません。この辺のリアリティにも感心しますが、五平餅太郎が無口なために、彼が辛辣なつっこみキャラに見えたり、かと思うととんでもないぼけキャラに見えたりするのも面白いです。
 一番笑えたのは98,99ページの見開きイラストです。ゲームのキャラクターのロボットとエプロンドレスを着たネコがお花畑でお茶会をするというシュールな絵です。これが羽住都の繊細な絵で描かれているのですから、傑作。メールやゲームという新しいツールの特性を、テーマに利用すると同時にギャグの小道具としても見事に使いこなしています。藤野恵美おそるべし。