日本児童文学2006年1・2月号

 新年号は「笑える」をテーマにした創作特集でした。このごろ文芸誌では新春の短編特集はあまりはやっていないようです。でもやはり正月号には、ベテランのも新人のも新作が一気に読める短編特集が華やかでふさわしいと思います。気に入った作品を二作紹介します。

「鼻から、牛乳」後藤みわこ

 日本児童文学はついに風の又三郎を超える転校生キャラクターを生み出しました。風のように現れ風のように去っていった転校生白鳥響子、「颯爽」という言葉は彼女のためにあるようなものです。転校を繰り返している彼女は、それぞれの学校で牛乳の飲み方のお作法を布教することで学級での地位を確立していきます。お嬢様風の外見と銭湯のオヤジスタイルの牛乳の飲み方のお作法のギャップが笑えます。
 後藤みわこはいい笑いのセンスを持っています。話の切れ目ごとにセリフで落としており、なかでも最後のオチのセリフはあざやかとしかいいようがありません。演出によってはいい落語にできそうです。

「虎狩り」芝田勝茂

 これはいい短編が出てくれました。これから芝田勝茂を知らない人に布教する時はこの作品を読ませればいい。短いなかに芝田勝茂のエッセンスがつまっているし、なにより阪神ファンは確実に落とせる。
 奇跡的に強くなった阪神をよく思わない連中がいました。それは時の権力者。首都の野球チームが優勝しなくては面子が立たないし、経済的にも関西より元気が無くなってしまう。そこで彼らは阪神を弱くし阪神ファンの評判を落とすために陰謀をはかります。マスコミは一斉に阪神ファンの悪口を書きたて、「嫌阪流」ムーブメントが起こります。そのうち年金の廃止に不満を持った高齢者が暴動を起こす事件が起きますが、この事件は阪神ファンによるものだと虚偽の報道がなされます。こうなると阪神ファンはほとんどテロリスト扱い。しまいには「阪神タイガースファン取締法」なんて法律ができてしまいます。タイガースファンに対する弾圧がエスカレートしていく過程がこれでもかと列挙さていく、この力わざには笑うしかありません。
 なにかわかりやすいスケープゴートを仕立て上げ、それを糾弾することで国民の不満を逸らそうという手法はどこの国の権力者もやることです。そして善良な国民がそれに乗っかっているうちに、どんどん自分たちの首を絞める法案が国会を通ると。芝田勝茂らしい風刺がよく効いています。「笑い」というものが弱者が権力に立ち向かうための武器になりうるのだと、あらためて気づかされました。
 さらにこの作品のすばらしいところは、阪神に対する愛にあふれているところです。2003年の優勝は神懸かり的に強くて楽しかったけど、2005年は普通に強くて違和感を持ち、日本シリーズの4連敗で悔しい反面ちょっとほっとしてしまったような複雑なファン心理(わたしのことですが)をよく捉えています。権力者の陰謀でどん底まで弱くなろうと、世間からどんな目で見られようと阪神を応援し続けるファン達。他球団のファンを装い甲子園に駆けつけたファンが選手のブロマイドの踏み絵を踏まされるシーンや、ラストの甲子園で「あと、いっきゅう」コールが巻き起こるシーンは、阪神ファンなら涙なくして読むことはできないはずです。